■認知症がある人の薬剤の自己管理
認知症があるがん患者さんの服薬管理では、認知機能障害によるさまざまな影響があります。そのため、処方はできるだけ簡便なものになるように、薬剤師は医師や看護師、家族(介護者)などと連携をはかりながら工夫します。
退院後、自宅で療養生活を継続する場合には、入院中の服薬管理や、問題点、どのような対応をとっていたかを病院薬剤師から聞き取り、在宅でどのような工夫が必要かを検討します。在宅での服薬管理は、訪問看護師からの相談も多い課題のひとつです。
家庭での服薬管理は家族などの介護者や訪問看護師、薬剤師等のみで行うのではなく、その人の認知機能の程度に応じて必要なところに介入し、できるだけ自己管理ができるように支援することが重要です。患者さん自身が服薬管理に意欲がある場合には本人に行ってもらい、家族などの介護者には確認のみ行ってもらうなどの方法を検討します。
【在宅で療養生活を送る場合の薬剤の自己管理能力】
・薬剤の色、形、大きさの識別ができる
・薬剤を被包(PTPシートや一包化)から取り出すことができる
・薬剤を口まで運ぶことができる
・薬剤を患部に貼る、塗ることができる
・内服に必要な水やとろみ剤などを自分で準備することができる
・薬剤を内服し、水やとろみ剤を使って飲み込むことができる
・内服後に姿勢を維持できる など
●薬剤師が「生活」を見ること
調剤薬局では、患者さんや家族からの話をもとに服薬アドヒアランスを向上させるための指導を行います。しかし、実際に始めてみると問題点が浮き彫りになることもあります。
こうしたケースでは、在宅患者訪問薬剤管理指導料を算定し、患者さんの自宅で指導を行うことが効果的な場合があります。月4回(末期がん患者さんの場合には週2回かつ月8回まで)、保険薬剤師1人につき週40回まで訪問による服薬指導が可能です。また、認知症があり、認知症対応型共同生活介護事業所で生活をしている場合でも訪問による服薬指導を行うことで算定可能です。実際に生活をしている場をみることで、専門的な視点からより具体的に服薬指導ができる点が大きなメリットです。
■認知機能障害に伴う服薬への影響
服薬アドヒアランスを向上させるためには、処方を簡便にするだけでなく、服薬回数や時間、自己管理方法など、その人の状況に合わせた工夫が必要です(表1)。
これは、認知機能が低下した人だけでなく、高齢で認知機能低下のリスクがある人に対するアドヒアランス低下の予防につながるといわれています。
表1 アドヒアランスをよくするための工夫
服薬数を少なく | 降圧薬や胃薬など同効果2~3剤を力価の強い1剤か合剤にまとめる |
---|---|
服薬法の簡便化 |
・年齢(特に70歳以上)
・脳血管障害など、脳の器質的病変がある ・認知症(認知機能障害) など |
介護者が管理しやすい 服用法 |
出勤前、帰宅後などにまとめる |
剤形の工夫 | 口腔内崩壊錠(OD:Orally Disintegrating Tablets)やドライシロップ、内服ゼリー、貼付剤などの選択 |
一包化調剤の指示 |
・長期保存できない、途中で用量調節できない欠点あり
・緩下剤や睡眠薬など症状によって飲み分ける薬剤は別にする |
服薬カレンダー、薬ケースの利用 |
日本老年医学会編:改訂版健康長寿診療ハンドブック―実地医家のための老年医学のエッセンス.154,2019.を参考に作成
https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/publications/other/pdf/handbook2019.pdf
●剤型の特徴
薬はさまざまな剤型があり、患者さんの自己管理能力や介護者(家族)の負担を軽減できるものから選択します。高齢者の場合、口腔内崩壊錠(OD錠)やドライシロップ、内服ゼリーなどの剤型などが有用とされています。
・口腔内崩壊錠(OD錠):唾液で溶けるため、水を準備する必要がありません。水を飲むとむせやすい高齢者にも有用です。口腔内崩壊錠(OD錠)を飲み慣れていない高齢者のなかには「薬を飲んだ感じがしないから錠剤のほうがよい」という人もいますが、口腔内で溶ける時間が設計されているため、服用した感覚はあることを伝えるなど、患者さんが安心して服用できるように情報提供しましょう。
・ドライシロップ:直接飲むことができるだけでなく、水に溶かして飲んだり、少量の水に溶いてペースト状にしたりと汎用性が高く、患者さんの状態によって服用の仕方が変えられます。
・内服ゼリー:ゼリー状のため、嚥下障害があったり、水でむせやすかったりする人でも服用しやすい剤型です。
ただし、必ずしもこれらの薬がアドヒアランス向上に寄与するとは限りません。たとえば、OD錠は口のなかで溶ける際の味が嫌いだという理由で吐き出してしまい、拒薬につながる可能性もあります。水で服用が可能な場合にはフィルムコートされた錠剤のほうが抵抗なく服用できることもあるため、患者さんが抵抗なく服用できるかどうか、服用回数が負担になっていないかなどを踏まえて選択するとよいでしょう。
● 一包化に伴う錠剤識別への対応
一包化包装は、認知機能が低下した高齢者のPTP包装シート誤飲防止やアドヒアランス向上に役立ちます。一方で、高齢者の場合は複数の錠剤を一包化するケースが多く、一包化に対応する場合には、識別性を考慮した薬の選択が必要になります。近年、印字の技術向上や工夫により、識別性が向上しており、包装から取り出した後も高い識別性を保持できる製品が増えています。
認知症治療薬を服用する患者さんや家族・介護者向けの指導用冊子などはこちら
■出現する症状に合わせた服薬管理の工夫
認知機能障害は、脳のどの部分が障害されているかによって表れる症状に個人差があります(表2)。症状の出方やパターンも画一的ではなく、薬が原因で認知機能障害が出現することもあります。アセスメントを行ったうえで患者さんごとに適した管理方法を検討します。
表2 認知症がある人に表れる認知機能障害と服薬への影響例
機能障害 | 服薬への影響例 |
---|---|
記憶障害 | 薬を飲み忘れる、薬を服用したことを覚えていない |
見当識障害 | タイミングがわからず薬を飲まない |
理解判断力の低下 | 薬を服用する理由が理解できず拒薬する |
複雑性注意障害 | 集中ができず、薬剤師の服薬指導が聞けない |
実行機能障害 | 薬をPTPシートなどから取り出すことができない |
言語障害 | 副作用による症状を適切に伝えることができない |
服薬管理を行ううえで重要となるのが手段的日常生活動作(IADL:Instrumental Activities of Daily Living)の評価です。薬を決められた用量・用法で服用できるかどうかだけでなく、副作用の症状などによって食事量が変わっていないかどうか、副作用出現時に緊急連絡先に連絡が取れるかどうかなどを含めて評価します。このとき重要となるのが患者さんや家族とのコミュニケーションで、生活の様子やがん治療を受けるうえで困難を感じていること、セルフケア能力などを確認します。
● 記憶障害や見当識障害による飲み忘れ
薬の飲み忘れ対策に活用されているものとして、服薬カレンダーがあります。一包化が難しい薬もあらかじめポケット付きのカレンダーにセットしておくことで飲み忘れが起こりにくく、家族等介護者が不在の際にも後から確認することができるなどのメリットがあります。
服薬のタイミングを習慣化することも服薬忘れを防ぐ対策のひとつです。認知機能に合わせて介護者や薬剤師、看護師などの医療者のもと、服薬日誌などのノートにチェックをするまでの一連の行動を訓練することで、自己管理のもとがん治療を継続することができる可能性が高くなります。
一方で、カレンダーを見る習慣がない人は、カレンダーで服薬管理をしていることそのものを忘れてしまうことがあります。そのため、カレンダーやボックスで薬を管理する場合には、患者さんの目につきやすい場所にセットする、飲んだ後の空包を決められた場所に捨てるようにして介護者がチェックする、本人もしくは服薬確認を行った介護者が連絡ノートなどに記入し、ほかの家族(介護者)や医療者にも情報を共有しましょう。
すでに当日分の薬を服用したことを覚えておらず、服薬を強く訴える人に対しては、空包を本人の目にみえる場所に置く、本人や家族(介護者)に説明をしたうえで擬薬を使うなど、過量にならないような工夫も必要です。
● 理解・判断力の低下
病気のために薬を飲む必要があることが理解できないなど、認知症による理解・判断力の低下で服薬管理が難しくなることがあります。病気であることの自覚がない場合には、何の薬かわからないものをただ「飲みましょう」といっても聞き入れてもらうことは難しく、拒薬の原因になります。拒薬は、家族(介護者)にとっても負担が大きく、関係性の悪化につながることもあります。薬剤師が丁寧に、繰り返し説明を行うことで、患者さん自身が納得して薬を服用できるように働きかけます。
患者さん自身が納得しないまま、無理に薬を飲ませようとしないことが重要です。食事に混ぜるなどの方法も、患者さんが気づいたときに信頼関係を壊すことにつながりかねません。患者さんはさらに薬を飲むことに恐怖、不安を感じてしまい、拒薬がひどくなることがあります。
● 複雑性注意障害
注意機能は、認知症の初期の段階から低下するといわれており、注意に集中し続けることも難しくなってきます。物事や状況を理解できなくなると、薬剤師に何度も同じことを聞いてきたり、会話がかみ合わなかったり、説明を聞かずにイライラした様子がみられたり、落ち着きがなくなったりします。
● 実行機能障害
薬の「自己管理」といっても、薬を時間どおりに飲むことだけが自己管理ではありません。内服に必要な水(とろみ剤)を自分で用意できるか、嚥下機能に問題はないか、薬の包装を自分で開けることができるか、薬を口に運び、水と一緒に飲み込むことができるかなど、服薬の一連の行動を確認し、できないところがどこか、介助が必要かなどを評価することが重要です。
また、がん治療では副作用への対処も必要です。有害事象があったときに、患者さん自身で緊急連絡先に電話などで伝えることができるのか、できない場合には家族(介護者)の見守りなどが可能な時間帯、回数で服用できる薬への変更なども検討する必要があるでしょう。
● 言語障害
がん治療においては副作用を早期に評価することが重要となります。しかし、認知症で言語障害がみられる患者さんの場合、症状があっても訴えられないことがあります。副作用については事前に起こりうる症状への対応策をとることが重要ですが、高齢の患者さんの場合、症状が強く出ることもあります。患者さんや家族(介護者)にも事前に起こりうる副作用やその時期について十分に説明をしたうえで、患者さんの表情や行動の変化を迅速にキャッチすることが重要です。
● 家族(介護者)の負担を軽減する
内服の拒否がある場合には、家族(介護者)が服薬させる負担が大きくなります。がん性疼痛に対しては、経皮吸収型の持続性がん疼痛治療薬を選択することで介護者の負担は軽減できます。また、高齢者のなかには、薬自体に抵抗がある患者さんもいます。貼付剤に変更することで、内服に比べて薬に対する抵抗感が軽減する点もメリットのひとつです。
参考文献
・小川朝生・田中登美編:認知症plusがん看護.日本看護協会出版会,2019.
・日本がんサポーティブケア学会:高齢者がん医療Q&A総論.2020.
http://www.chotsg.com/jogo/souron.pdf
・日本臨床腫瘍学会・日本癌治療学会:高齢者のがん薬物療法ガイドライン.南江堂,2019.
https://minds.jcqhc.or.jp/docs/gl_pdf/G0001132/4/cancer_drug_therapies_for_the_elderly.pdf
・長島文夫・古瀬純司:総説高齢がん患者の治療と支援.日本老年医学会雑誌,59(1)1-8,2022.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/geriatrics/59/1/59_59.1/_pdf/-char/ja
・ 厚生労働省関東信越厚生局:在宅患者訪問薬剤管理指導の届出
https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/kantoshinetsu/shinsei/shido_kansa/zaitaku/index.html
・ 日本老年医学会編:改訂版健康長寿診療ハンドブック―実地医家のための老年医学のエッセンス.154,2019.
https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/publications/other/pdf/handbook2019.pdf
・ 小川勝弘ほか:医療用医薬品の錠剤の識別コード調査と一包化調剤された持参薬の識別に及ぼす影響について.Drug Information, 18(2):123-130,2016.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjdi/18/2/18_123/_pdf/-char/ja
・山村恵子:認知症治療薬の服薬アドヒアランス向上の取り組みと成果.ファルマシア,55(9):872-875,2019.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/faruawpsj/55/9/55_872/_pdf/-char/ja
・溝神文博:認知症患者・家族に対する服薬支援の方法.老年期認知症研究会誌,23:13-15,2020.
http://www.rouninken.jp/member/pdf/23_pdf/vol.23_03-23-02.pdf
東京大学大学院医学系研究科老年病学 教授
小川 純人 先生
1993年東京大学医学部医学科卒業、1994年JR東京総合病院内科、1999年同大学院医学系研究科生殖・発達・加齢医学専攻博士課程修了。2001年カリフォルニア大学サンディエゴ校細胞分子医学教室、2005年東京大学医学部附属病院老年病科助教、文部科学省高等教育局医学教育課参与(専門官)等を経て、2013年より東京大学医学部附属病院老年病科准教授を務め、2024年同教室教授に就任。現在に至る。
この記事は2022年12月現在の情報となります。