■患者さんから得た情報を指導に活かす
がん患者さんの不眠の30~50%は身体的要因だといわれています※1。この身体的要因と合わせて多いといわれているのが、生活習慣が原因となる不眠です。
がんを診断されたことで、生活習慣を変えざるを得なくなる人も少なくありません。しかし、入院や手術の時期に休職をしたり、フルタイムの仕事を短時間勤務に変更したりするなど、一時的であっても習慣化している生活が変わることは患者さんにとって負担となります。
がんと診断される前に睡眠の悩みがなかった患者さんの場合、過去の睡眠状況と現在を比較することで、不眠の原因がみつかることがあります。出勤のために毎日決まった時間に起床していた人が、休職によって起床時間が遅くなったにもかかわらず、夜は以前と同じ時間帯に眠気がないことを理由に「寝つきが悪い」と感じているといったケースもあります。
●毎日の生活リズムを整える
朝は用事の有無にかかわらず、決まった時間に起きることを習慣づけるように指導しましょう。また、がん治療中は、感染症のリスクなどを理由に外出を避けてしまうことがあります。適度に身体を動かすことが睡眠の質を高めることにつながるため、定期的に身体を動かすことも大切です。ただし、就寝前の運動は避けるように指導しましょう。このほかの生活習慣のなかにも時間帯によって避けたほうがよいものがあります。
●日中の昼寝は30分程度を目安に
がん治療による倦怠感や疲労感で、昼寝をする人もいます。その場合、目覚まし時計をセットするなどの工夫で、30分程度を目安にするように指導しましょう※2。
カフェインの血中濃度は30分~1時間でピークとなり、半減期は3~5時間とされています※2。眠気が強く、昼間の寝すぎが心配なときは、昼寝をする前にコーヒーを飲むのも一案です。
また、昼寝はうたた寝程度にとどめ、寝床に入るのは避けるように伝えましょう。日中に強い眠気があるときには、軽く目を閉じているだけでも眠気が解消されることがあります。
●入浴による入眠の改善
入浴は、体温を一時的に上げることで寝つきをよくする効果があります。ただし、熱すぎる湯に長く入ると身体への負担がかかる可能性があります。38℃のぬるめのお湯で25〜30分、42℃の熱めのお湯なら5分程度にとどめるように伝えましょう。寝つきが悪い場合は、就寝の2〜3時間前の入浴がよいとされています。
●就寝前のタバコや飲酒
コーヒーやチョコレートなどに含まれるカフェインには目を覚ます効果があります。寝つきが悪い人は就寝の5〜6時間前からコーヒーなどを飲むのは控えましょう。また、ニコチンの作用が寝つきを悪くします。タバコはがんの原因になるため、禁煙をしましょう。
就寝前の飲酒が入眠を助けになると思っている、睡眠薬はやめられなくなるから服用したくないと感じている人に多いのが就寝前の“寝酒”習慣です。就寝前の飲酒は、睡眠の質を低下させることがわかっているため、控えるように指導しましょう。また、睡眠薬の服用を避けたいために、その代わりとして寝酒をしていることがわかった場合には、睡眠薬に対しての正しい理解が不足している可能性があります。薬の特徴やメリット、デメリットを丁寧に説明をして、患者さんが適切な治療を受けられるようにサポートしましょう。
●スマートフォンやパソコンの影響
寝床に入ってからのスマートフォンの操作が習慣化している人は少なくありません。しかし、ライトの光が入眠を妨げてしまう要因になることから、寝床に入ってからのスマートフォンの操作は避けるように指導しましょう。
手に取れる場所にスマートフォンを置くと、つい見てしまう患者さんも多いため、就寝時にはスマートフォンの電源を切って手の届かないところに置くなど、具体的なアドバイスをするとよいでしょう。
■個別性の高い睡眠環境の指導を
睡眠の質は、寝室の環境による影響も大きいとされています。
●温度・湿度の調整
夏と冬では室温に差がありますが、暑すぎても寒すぎても睡眠の質は低下します。厚生労働省の「健康づくりのための睡眠指針2014」では、室温の許容範囲は13〜29℃と差があるものの寝床内の身体付近の温度が33℃前後であれば睡眠の質的な低下はみられないと考えられています。同一の温度環境下では高湿度なほど覚醒が増加して深睡眠が減少するといわれており、湿度は50±5%がひとつの目安となります。
●寝間着はしめつけのない吸汗性の高いものを
がん治療中の発熱による寝汗で睡眠が妨げられることもあります。寝間着は綿素材などの吸汗性の高い素材のものを選ぶように指導しましょう。枕の高さも高すぎたり低すぎたりすると、安眠を妨げる原因になります。
●寝具や照明の見直しで入眠をサポート
寝室は明るすぎる照明を避け、蛍光灯は落ち着く暖色系のものにするとよいでしょう。就寝時に照明を消すと暗すぎて不安になる人は、常夜灯や間接照明などを使います。明け方にカーテンの間からさす光が気になる場合には遮光カーテンなどを利用する、外部からの音が気になる場合には、家具の配置を変えてベッドを窓側に置かないなどの工夫で環境の改善につながります。
■個別性の高い睡眠環境の指導を
睡眠の質を高めるためには、いつもと同じ時間に寝床に入る習慣をつけることが重要となりますが、無理に眠ろうとすると緊張でかえって目がさえてしまい、さらに眠れなくなることがあります。患者さんへの聞き取りで、「何時間以上眠らなければいけない」と考えているなど、眠れないことへの不安がさらに不眠を悪化させている可能性がうかがえる場合、気分転換を図ることを提案してもよいでしょう。ただし、生活リズムの乱れの原因となるため、起床時間を遅らせないように指導します。
●ストレス解消も大切
がんと診断されたときから、治療中、治療後まで、患者さんは多くのストレスを感じています。不安や落ち込みから睡眠が不足することも多く、それがストレスをさらに増大させる原因にもなります。リラックスできる時間を持つように勧めましょう。
<引用・参考文献>
※1 小川朝生:眠る・休む 患者さんの休息が障害されるときにはなにが起こっているのか~その原因と症状マネジメント.がん看護,南江堂.25(5)増刊,2020.
※2 厚生労働省健康局:健康づくりのための睡眠指針2014
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000047221.pdf
<参考文献>
・厚生労働科学研究班・日本睡眠学会ワーキンググループ作成:睡眠薬の適正な使用と休薬のための診療ガイドライン―出口を見据えた不眠医療マニュアル―
https://www.jssr.jp/data/pdf/suiminyaku-guideline.pdf
・三島和夫:ガイドラインを薬局店頭で活かす第27回睡眠薬の適正な使用と休薬のための診療ガイドライン―出口を見据えた不眠医療マニュアル―.調剤と情報,じほう.19(9):1185-1191,2013.
・厚生労働省e-ヘルスネット:眠りのメカニズム
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-01-002.html
・厚生労働省e-ヘルスネット:快眠のためのテクニック -よく眠るために必要な寝具の条件と寝相・寝返りとの関係
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-01-003.html
・厚生労働省e-ヘルスネット:快眠と生活習慣
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-01-004.html
・厚生労働省労働基準局:情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドラインについて
https://www.mhlw.go.jp/content/000539604.pdf
・静岡県立静岡がんセンター:学びの広場シリーズこころ編 がんと情報につきあう方法
https://www.scchr.jp/supportconsultation/book_video.html
保坂サイコオンコロジー・クリニック院長
聖路加国際病院 診療教育アドバイザー
聖路加国際大学臨床教授
京都府立医大客員教授
保坂 隆 先生
1977年慶應義塾大学医学部を卒業後、同大学精神神経科入局。1990年より2年間、米カリフォルニア大学ロスアンゼルス校(UCLA)精神科に留学。東海大学医学部教授、聖路加国際病院精神腫瘍科部長、聖路加国際病院リエゾンセンター長などを経て、現職。
この記事は2023年5月現在の情報となります。