味覚障害の診断と治療

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監修医より

監修医より

抗がん剤の味覚障害に有効な治療法はありませんが、味覚が早く元に戻るには障害された細胞を回復させる必要があります。細胞代謝に必要な微量元素やビタミン、特に亜鉛の欠乏には補充が必要ですが、食事の中で補うことは難しく、サプリメントや製剤を使います。食欲不振時には漢方薬が使用されることがあります。抗がん剤の副作用と思われていた味覚障害がじつは心因ストレスなど他に原因があったケースも少なくなく、検査を行ってしっかり診断をつけることも大切です。

がん治療に伴う味覚障害に有効な予防法や治療法はありませんが、亜鉛内服療法や漢方薬などによって症状の改善が期待できる場合があります。

薬を飲む女性

味覚障害の検査と診断

味覚障害の評価法には、電気味覚検査と濾紙ディスク法があります。電気味覚検査は、21段階の電流で舌に刺激を与え、どのくらいの電流で味(スプーンをなめたときのような金属味)を感じ取れるかを測定する方法です。甘味や塩味などの味質の検査はできないものの、短時間で定量的な測定が可能です。人工内耳や心臓にペースメーカーを入れている患者さんには施行できません。

濾紙ディスク法は、基本となる甘味、塩味、酸味、苦味の4味質を5段階の濃度で評価することができるものです。電気味覚刺激が21段階で評価できるのに対し、濾紙ディスク法は5段階での評価にとどまりますが、味質別に定性検査ができる点が特徴です。

このほか、口腔内の診察では、乾燥状態、口内炎や舌炎、真菌がいないかのチェックを行います。また、東洋医学で行われる舌診を行うことがあります。これは舌乳頭の状態を診るために行われるほか、漢方薬を処方する際の指標とするためです。

●血液検査

舌は、味蕾を含む上皮細胞に亜鉛が豊富に存在しています。亜鉛不足は舌表面の舌乳頭の扁平化や味細胞の微絨毛の消失などを生じさせ、ターンオーバーが遅延します※1 。また、味蕾に多い炭酸脱水素酵素の活性が低下することで味覚神経の反応が悪くなるといわれています。

これが味覚障害の原因になるため、血清亜鉛の検査を行います。血清亜鉛の基準値は80μg/dL以上で、60μg/dL未満が亜鉛欠乏症、60-80μg/dL未満が潜在性亜鉛欠乏症となります。また、亜鉛と拮抗関係にある血清鉄や血清銅値を測定し、バランスをみます。また鉄欠乏やビタミン欠乏の有無などを確認します。

味覚障害の治療

抗がん剤による味覚障害は、有効な治療法がないものの、患者さんの状態に応じた薬を使うことで症状の軽減につながることが期待できます。

●亜鉛内服療法

がん患者さんの血清亜鉛は基準値以下であることが少なくありません。血清亜鉛値が基準値以下の場合には亜鉛内服療法の対象となります。亜鉛内服療法に使われる薬剤には、低亜鉛血症治療薬の酢酸亜鉛水和物、亜鉛含有胃潰瘍治療薬のポラプレジンク(適応外使用)、市販のサプリメントがあります。抗がん剤で障害された味細胞が回復するときの細胞代謝に亜鉛は必要であるため、遷延する味覚障害がある場合は原則内服します。亜鉛欠乏性味覚障害の場合、亜鉛内服療法は即効性がなく、一般的に3か月~半年程度の期間をかけて治療効果をみていきます。薬剤師は、医師の指示のもと患者さんが服薬を継続できるように支援します。

亜鉛は毒性が低く、体内の組織に貯蔵されにくいため、通常の食事で過剰症になることはありません。しかし、亜鉛不足を解消しようとサプリメントをとっている患者さんもいるため、亜鉛内服療法を受けている患者さんに対しては、サプリメントを摂取していないかどうかを確認することが重要です。

●抗不安薬・抗うつ薬

味覚障害は、薬剤性や亜鉛不足などの原因以外に、心因性によるもの、つまりうつ傾向の症状のひとつとしてみられることがあります。がん患者さんの味覚障害は、抗がん剤による薬剤性の原因が考えられるものの、心因性の要素もあるとみられる患者さんに対しては、抗不安薬や抗うつ薬を使用することがあります。ベンゾジアゼピン系の抗不安薬は、おいしさを認知する過程にかかわっているといわれています。また、高齢者に対しては食欲増進効果のあるノルアドレナリン・セロトニン作動性抗うつ薬などが有効な場合があります。精神症状が強い患者さんに対しては、精神科や心療内科と連携して治療を進めることもあります。

不安を感じる女性

●漢方薬

味覚障害に対して漢方薬が有効な場合があります。味覚障害に健康保険が適用される漢方薬はないため、それ以外で保険適用になる患者さんに限られますが、漢方エキス剤のなかから、患者さんに合わせて六君子湯、補中益気湯、人参養栄湯などを選択します。ただし、亜鉛内服療法と同様に、漢方薬も即効性はないため、長期的な内服が必要となります。また口内炎にたいしては半夏瀉心湯がよく使用されます。

●その他

血液検査によって鉄欠乏が確認された場合には鉄剤、ビタミン欠乏の場合はビタミン剤内服などを行うことがあります。また、口腔内の乾燥がみられる場合には人工唾液やニザチジン、ピロカルピン塩酸塩(頭頸部の放射線治療に伴う口腔乾燥症状の改善)などの唾液分泌促進薬を併用することがあります。

●口腔内環境とがん治療

がん治療では、口腔粘膜炎などの口腔内に出現する副作用の対策も重要です。味覚障害に加え、口腔粘膜炎、口腔乾燥などの症状が出るとさらに食事をとりにくくなり、心身への負担が大きくなります。また、口はコミュニケーションをとるうえでも重要な器官であることから、がん治療を受ける前から口腔内の環境を整えることが大切です。口腔内乾燥する場合には、こまめな水分補給や保湿剤の使用、唾液腺マッサージ、う歯予防のこまめな歯磨きなどのケアを取り入れるとよいでしょう。

【唾液線マッサージのやり方】

唾液腺マッサージ

大唾液腺(耳下腺、顎下腺、舌下腺)付近を指で円を描くようにマッサージすることで唾液分泌を促します。

<文献>

石川寛著・野村久祥編:がん薬物療法の「スキマ」な副作用~困った症状と正しく向き合う!~ 第3回味覚障害(味覚異常).月刊薬事,じほう.60(4):107-113,2018.
栗橋健夫:栄養を科学するイラスト解説 味覚障害のメカニズムを探る! 唾液と咀嚼のはたらき.Nutrition Care,メディカ出版,14(8):16-22,2021.
任智美:栄養を科学するイラスト解説 味覚障害のメカニズムを探る! 全身性疾患と味覚障害.Nutrition Care, メディカ出版.14(8):36-40,2021.
任智美ほか:総説「教育講演 味覚の基礎と臨床」味覚障害の基礎と臨床.口腔・咽頭科,日本口腔・咽頭科学会,30(1)31-35,2017.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/stomatopharyngology/30/1/30_31/_pdf
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東加奈子・竹内裕紀:栄養を科学するイラスト解説 味覚障害のメカニズムを探る! 薬剤と味覚障害の関係.Nutrition Care,メディカ出版 14(8):41-45,2021.
古賀亜希子・菊池由宣:がん患者さんの“食”を守るアセスメントとケア どんなときに起こる?シチュエーション別に学ぶ食の悩みアセスメント&ケア がん薬物療法による悪心・嘔吐、味覚障害(予測的悪心・嘔吐を含む).YORi-SOUがんナーシング,メディカ出版,12(6):17-20,2022.
厚生労働省:重篤副作用疾患別対応マニュアル 薬物性味覚障害
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(2024年8月14日閲覧)
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http://jscn.gr.jp/pdf/aen2018.pdf
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兵庫医科大学医学部耳鼻咽喉科・頭頸部外科
任 智美 先生

2002年兵庫医科大学卒業後、同大学耳鼻咽喉科、神戸百年記念病院耳鼻咽喉科勤務を経て、2009年ドイツ・ドレスデン嗅覚・味覚センターに留学。2011年兵庫医科大学学内講師、2014年同講師に就任。現在に至る。日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会耳鼻咽喉科専門医、日本耳鼻咽喉科学会認定補聴器専門医。日本口腔・咽頭科学会理事、日本味と匂い学会、小児耳鼻咽喉科学会評議員、日本耳科学会会員、日本嚥下医学会会員、日本音声言語学会会員など。専門分野は味覚、幼児難聴、補聴器、漢方治療。

この記事は2024年8月現在の情報となります。

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