排尿障害の原因
がん患者さんの排尿障害は、尿路への障害、治療の影響、がんが進行して全身状態が低下することによる易感染性や機能などの低下が原因となります。排尿障害が起こる機序としては、大きく(1)下部尿路組織の器質的な障害、(2)排尿中枢の障害、(3)薬剤の影響があげられます。
下部尿路組織の器質的な障害
がんやその治療によって尿路組織に障害が起こり、排尿障害の症状が出ることがあります(表1)。
表1 がんやその治療に伴う下部尿路組織の障害
原因 | 主ながんの種類 | |
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がん (下部尿路や前立腺) |
下部尿路(膀胱や尿道、括約筋など)や前立腺組織にできたがんによって尿道が狭くなることなどで障害が起こる | 膀胱がん、前立腺がんなど |
がんが進行して周囲の臓器に浸潤することで排尿筋の機能が障害される | 膀胱がん、前立腺がん、子宮がん、卵巣がん、直腸がんなど | |
がん (骨盤内臓器) |
骨盤内にできたがんが膀胱や尿路を圧迫することや浸潤による機能障害が起こる | 子宮がん、直腸がんなど |
がんの治療 (放射線の照射や手術療法) |
放射線の照射や手術による膀胱の萎縮や容量の減少で障害が起こる | 膀胱がん、前立腺がん、子宮がん、直腸がんなど |
■は、がんによる器質的な障害
■は、がん治療に伴う器質的な障害
下部尿路組織の器質的な障害による排尿障害は、尿路系のがん(膀胱がん、前立腺がんなど)や骨盤内臓器のがん(子宮がん、直腸がんなど)の人に起こることがあり(図1)、排尿障害(排尿困難、尿閉など)や蓄尿障害(頻尿、尿意切迫感、尿失禁)のいずれか、または両方が起こることもあります。
図1 下部尿路、骨盤内臓器
●放射線の照射に伴う尿路組織の障害
下部尿路や骨盤内臓器の放射線治療では、照射の副作用で膀胱の萎縮や膀胱容量の減少が生じやすくなります。照射量や治療回数が多いほど排尿障害が出やすくなります。
また、治療直後に起こるものだけでなく、治療後数か月以上経ってから晩期合併症として放射線による組織障害が生じることがあります。その影響によって排尿障害が起こることがあります。
前立腺がんの放射線治療では、外部から放射線を照射する方法のほかに、放射線源をがんの病巣近くに挿入して体内から病変に放射線をあてる組織内照射療法(密封小線源療法)が選択肢となります。密封小線源療法は放射線源を病変部に針で挿入するため、治療後に前立腺が腫大するなどして膀胱を圧迫し、排尿障害が起こることがあります。
●がんの手術療法に伴う障害
がん治療のために膀胱の部分切除を行う場合もあり、膀胱容量の低下による蓄尿障害が起こることもあります。
排尿障害や蓄尿障害の解説はこちら
排尿中枢の障害
がんやがんの治療で排尿中枢に障害が及ぶことも排尿障害の原因になります。蓄尿と排尿は、末梢神経だけでなく中枢神経路による複雑な仕組みによってコントロールされています(図2)。がんやその治療によって脳や脊髄の中枢神経、あるいは脊髄から膀胱に至るまでの末梢神経に影響が及ぶと、排尿障害のさまざまな症状が起こります。
図2 排尿の仕組み
(1)膀胱内に尿が溜まると膀胱壁が伸展してその刺激が脊髄から脳幹の排尿中枢を経て、大脳皮質から脊髄(仙髄)の排尿中枢に伝えられます。
(2)排尿中枢から膀胱に刺激が伝えられ、膀胱が縮み、尿道括約筋が緩むことで排尿が起こります。
●がんによるもの
排尿中枢の障害は、下部尿路や前立腺、骨盤内臓器のがんだけでなく、神経系のがん(脳腫瘍、脊髄損傷)によって起こることもあります。がんによって神経が圧迫されることで上位排尿中枢または下部排尿中枢が障害されることが原因です。
●手術に伴うもの
下部尿路や前立腺、骨盤内臓器の手術の操作時の神経損傷によって排尿障害が出ることがあります。がん種によっても異なりますが、発生頻度が高い後遺症のひとつです。症状は手術後半年程度で徐々に改善するケースが多いとされていますが、なかには症状が残る人もいます。
現在は直腸がんに対する自律神経温存手術のように排尿障害を軽減する手術方法が標準化されていますが、依然として術後の後遺症として、排尿障害は重要な課題のひとつです。腹腔鏡手術やロボット支援手術による神経温存手術の確立が期待されています。
●放射線治療に伴うもの
放射線治療では、下部尿路や骨盤内臓器放射線照射の副作用で排尿を支配する神経にも影響が及び、頻尿や尿もれ、尿閉などの排尿障害が起こることがあります。
薬剤の影響
細胞障害性の抗がん薬や支持療法薬の副作用で排尿障害が起こることがあります。薬剤性の排尿障害は、薬の作用によって膀胱収縮力が低下したり、尿道の抵抗が大きくなったりすることが原因です。
がんによる痛みの緩和を目的として使用されるオピオイドをはじめ、向精神薬、抗不安薬、三環系抗うつ薬、気管支拡張薬、鎮咳薬、鎮痙薬などの副作用として排尿症状や尿閉が起こることがあります。また、頻尿や尿失禁、過活動膀胱の治療薬が排尿困難などの排尿症状の原因になることもあります。
●がんの終末期に起こりやすい排尿障害
がん種を問わず、がんの終末期になると排尿障害が起こることがあります。その主なものに頻尿、尿失禁、排尿困難、膀胱部痛、血尿、上部尿路閉塞(無尿)があげられ、複数の排尿障害の症状がみられることが多くなります。
終末期のがん患者さんの場合、尿路感染が排尿障害の原因となるケースが多く、出血性膀胱炎の併発や排尿困難の治療のための尿道留置カテーテルが原因で血尿が出ることもあります。
<文献>
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吉村直樹ほか:特集Central Neuro-Uro-Pharmacology研究最前線 中枢神経系における排尿薬理機構の概説.日本薬理学会誌,115,4~9,2020.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/155/1/155_19107/_pdf |
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日本緩和医療学会:終末期がん患者の泌尿器症状対応マニュアル
https://www.jspm.ne.jp/files/guideline/urology_pdf/urology01.pdf |
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金澤美緒・黒田寿美恵:手術を受けた前立腺がんサバイバーのレジリエンス.日本看護科学会誌,38:318-327,2018.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jans/38/0/38_38318/_pdf/-char/ja |
・ | 日本緩和医療学会緩和医療ガイドライン委員会編:がん患者の泌尿器症状の緩和に関するガイドライン2016年版.金原出版,2016. |
・ | 日本泌尿器科学会:男性下部尿路症状・前立腺肥大症診療ガイドライン.リッチヒルメディカル,2017. |
・ | 竹下惠美子、奥山隆ほか:直腸癌術後排尿・性機能障害の発症要因、予防対策と対応.外科,南江堂,81(7)741-747,2019. |
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がん情報サービス:尿がもれる・トイレが近い もっと詳しく
https://ganjoho.jp/public/support/condition/urine01/ld01.html |
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国立長寿医療センター泌尿器科:一般内科医のための高齢者排尿障害診療マニュアル
https://www.ncgg.go.jp/hospital/iryokankei/documents/urination_manualv2.pdf |
・ | 丹波光子:特集排尿ケアとリハビリテーション 前立腺癌術後、婦人科がん術後がん患者.総合リハビリテーション,医学書院,45(10)1019-1023. |
・ | 中村一郎:特集 ひとつ上を行く!がんの症状緩和実践的ノウハウ がん患者の泌尿器症状のマネジメント 頻尿・尿失禁のアセスメントと治療.月刊薬事,じほう,59(3):83-91,2017. |
医療法人社団誠馨会セコメディック病院
訪問診療部部長 緩和ケア外科部長 地域連携室長
三浦 剛史 先生
1993年日本医科大学医学部卒業、1994年日本医科大学泌尿器科学教室、日本医科大学付属病院等勤務を経て、2004年日本医科大学千葉北総病院Pain management teamに参加。2006年に緩和ケアチームリーダー緩和ケア委員会委員長に就任。2015年、三井記念病院緩和ケア科部長、2017年セコメディック病院泌尿器科緩和ケア部長を経て、2023年より現職。泌尿器科専門医・指導医、日本緩和医療学会認定医等。日本泌尿器科学会前立腺癌診療ガイドライン協力委員、日本緩和医療学会泌尿器症状ガイドライン改定WPG員長などを務める。
この記事は2023年11月現在の情報となります。