がん誘発性体重減少(がん悪液質)

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監修医より

監修医より

がん悪液質の発生には、がん細胞自身が産生するさまざまな因子や生体反応としての炎症が重要だと考えられています。また、がん悪液質には前悪液質、悪液質、不応性悪液質の3つの段階があり、不応性悪液質になると治療効果が得られにくいとされています。そのため、不応性悪液質になる前の段階で治療介入が必要ですが、診断基準のポイントは体重減少です。治療法として従来の栄養療法や運動療法の他、抗悪液質薬としてアナモレリン塩酸塩が近年使えるようになりました。

がん悪液質は、終末期の全身状態が低下した患者さんに起こるものというイメージを持つ医療従事者は少なくありません。体重減少は抗がん剤の副作用による悪心・嘔吐や食欲低下などによっても起こりうるもので、早期の段階ではがん悪液質による可能性を疑うことは少ないのが現状ですが、がん関連体重減少による飢餓とがん誘発性体重減少(がん悪液質)は併存するものであり、早期に介入しなければ、徐々にがん悪液質の影響が増大していきます。

がん悪液質はがん治療の副作用の増強とも関連しており、がん治療の効果を減弱させる原因にもなります。患者さんの予後の改善においても、薬剤師は副作用についての十分な情報提供と副作用に対する支持療法の効果、体重などを評価し、他職種と情報を共有してチームとしてがん悪液質の治療に早期介入をはかることが重要となります。

体重が減った男性

がん悪液質の原因

がん悪液質は、「通常の栄養サポートでは完全に回復することができず、進行性の機能障害に至る、骨格筋量の持続的な減少(脂肪量減少の有無を問わない)を特徴とする多因子性の症候群」※1)と定義されており(図1)、がん患者さんの50~80%と高い割合でみられることがわかっています※1)。がん関連体重減少の原因が「食べられない=飢餓」であるのに対し、がん悪液質は「食べているのにやせる」のが特徴です。

図1 がん悪液質のメカニズム

がん悪液質のメカニズム

がん悪液質は、がん細胞から産生される脂質動員因子やタンパク質などによって白色脂肪の分解が促進されるため、褐色脂肪への変化が進みます。白色脂肪として活動に必要なエネルギーが蓄えられる予定だったものが、がん悪液質によって褐色脂肪が増えるとすぐに燃焼されてしまい、エネルギーが次々と消費されてしまいます。食事によってエネルギーを補っても消費が早く、やがて筋肉まで分解されてしまいます。

これに加えて食欲不振の症状がみられます。がん患者さんの食欲不振は、腫瘍や免疫細胞から産生される炎症性サイトカインが視床下部に作用し、摂食促進作用をもつニューロペプチドYの作用を阻害するためです。また、胃で産生されるグレリンへの抵抗性が食欲不振を招くといわれています。

●がん悪液質とがん関連体重減少の共通点と相違点

がん悪液質とがん関連体重減少はともに体重と脂肪組織の減少がみられます。大きな違いとしては、がん関連体重減少では骨格筋や炎症性サイトカインの合成が維持されるのに対し、がん悪液質では骨格筋が減少して炎症性サイトカインの合成が進む点です(表1)。

表1 がん関連体重減少とがん悪液質の共通点と相違点

がん関連
体重減少
がん悪液質
体重減少 あり
脂肪組織減少 あり
骨格筋 維持 減少
炎症性サイトカインの合成 維持 増加
安静時エネルギー消費量 減少 増加

●がん悪液質の発生率が高いがん種

がん悪液質は、がん種によっても発生頻度が異なることがわかっています。有病率では膵臓がんがもっとも高く、88.9%にのぼり、消化器がん、骨軟部肉腫、婦人科がん、頭頸部がんの順に多くなっています。また、進行がんの患者さんの25%にがん悪液質がみられると報告されています※1)

がん悪液質の症状

がん悪液質は体重減少だけでなく食欲不振、疲労・倦怠感、サルコペニアなどの症状を引き起こします。これらの症状は、がん治療が引き金となって起こることが多く、がん治療の継続を困難にする原因になることがあります。悪液質そのものは非がんの慢性疾患にも起こることがありますが、非がんの悪液質に比べてがん悪液質は短期間で体重減少が進むため、体重のこまめな評価が必要となります。とくにがん悪液質の有病率が高いがん種では軽度の食欲不振や体重減少を見逃さないことが大切です。

●がん悪液質の診断基準

がん悪液質は、過去6か月の体重変化の割合が次のいずれかに当てはまる場合に診断されます(図3)。

図3 がん悪液質の診断基準※1)

がん悪液質の診断基準

がん悪液質は、早期での介入が推奨されていますが、がん悪液質の前段階である「前悪液質」については明確な診断基準がありません。しかし、とくに有病率の高いがん種では軽度の食欲不振などでもその初期症状の可能性を疑い、主治医につなぐことが重要です(図4)。

図4 がん悪液質のステージ分類(EPCRC*)による)

がん悪液質のステージ分類

*) EPCRC:European Palliative Care Research Collaborative(欧州緩和ケア共同研究)

がん悪液質の治療

がん悪液質は、全身性炎症が背景にあり、食欲不振や骨格筋減少、代謝性の変化などが関わって起こります。そのため、がん悪液質の治療では、薬物治療だけでなく、栄養療養、運動療法、心理社会的介入による集学的治療が行われます。

一方で、がん治療中で食欲不振の状態にある患者さんは、がん悪液質に対する治療コンプライアンスが低くなりやすく、がん悪液質の治療を充実させることが患者さんにとっての負担になることもあります。だからこそ前悪液質の段階から積極的に介入していく必要があり、チームで患者さんの年齢や心理的状態、生活状況などを踏まえて検討し、個別性の高い介入を行います。

●がん悪液質に対する薬物治療

がん悪液質に対する適応がある薬剤としては、アナモレリン塩酸塩があります。この薬剤は、非小細胞肺がん、胃がん、膵がん、大腸がんにおけるがん悪液質が認められ、6か月以内に5%以上の体重減少がみられる患者さんに対して適応があります。アナモレリン塩酸塩は、食欲中枢と脳下垂体に作用し、食欲を増進させたり、成長ホルモンの分泌を促して筋肉量を増加させるグレリン様の作用が期待できます。薬剤師は、がん悪液質の治療がなぜ重要なのかを患者さんにもわかりやすい言葉で説明することが重要です。

その他、がん悪液質に対する適応はないものの、食欲不振やQOL低下、疲労などに対してコルチコステロイド、体重減少にはNSAIDs、体重減少や骨格筋減少にエイコサペンタエン酸、食欲不振や体重減少にプロゲステロン剤などが患者さんの症状に合わせて処方されます。副作用に注意が必要な薬が多いため、薬剤師から患者さんへの丁寧な説明が求められます。

薬を飲む男性

●がん悪液質に対する非薬物治療

栄養療法については、進行がんでのがん悪液質に対しての報告がいくつかあります。患者さんの体重から1日に必要なエネルギー摂取量を算出し、食事で補うことが難しい場合には経腸栄養剤や栄養補助食品などの利用も検討します。食事のとり方の工夫も大切です。

進行がんで悪液質の患者さんに対する運動療法についても運動プログラムを完遂できた場合には身体機能やQOL改善などが認められています。運動療法は、レジスタンス運動や持久力トレーニングなどが有効といわれていますが、運動療法のプログラム自体を完遂すること自体が難しい患者さんも少なくありません。非薬物治療では、栄養療法と運動療法を並行して行うことが重要です。

椅子に座って運動する女性

がん悪液質に対する介入を充実させるためにも、がん悪液質の有病率が高いがんを中心に、がん患者さんに対しては体重や食欲、倦怠感などの定期的なスクリーニングを行い、早期から医師や看護師、管理栄養士、薬剤師、理学療法士などの多職種チームで介入します。

<文献>

※1)  Fearon K, et al. Definition and classification of cancer cachexia: an international consensus. Lancet Oncol, 12:489-495, 2011.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21296615/
(2024年10月16日閲覧)
日本がんサポーティブケア学会:がん悪液質ハンドブック―「がん悪液質:機序と治療の進歩」を臨床に役立てるために.
http://jascc.jp/wp/wp-content/uploads/2019/03/cachexia_handbook-4.pdf
(2024年10月16日閲覧)
髙山浩一・田中理美:INVITED REVIEW ARTICLE がん悪液質の診断と治療.肺癌,62:180-187,2022.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/haigan/62/3/62_180/_article/-char/ja/
(2024年10月16日閲覧)
濱口哲也・三木誓雄:特集 がん患者の代謝栄養 がん患者の代謝と栄養.日本静脈経腸栄養学会雑誌,30(4):911-916,2015.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jspen/30/4/30_911/_pdf
(2024年10月16日閲覧)
日本緩和医療学会:がん患者さんの消化器症状の緩和に関するガイドライン.
https://www.jspm.ne.jp/files/guideline/gastro2017.pdf
(2024年10月16日閲覧)
髙山 浩一 先生

京都府立医科大学大学院
医学研究科呼吸器内科学
教授 髙山 浩一 先生

1987年九州大学医学部卒業、1995年九州大学医学部附属胸部疾患研究施設助手、2000年アラバマ大学バーミンハム校に留学。2009年九州大学病院がんセンター化学療法部門長、翌年同大学大学院内科学呼吸器内科分野准教授を経て2015年より現職。京都府立医科大学附属病院がんゲノム医療センター長、同院がん薬物療法部部長、地域医療推進部長を併任。2023年同大学附属病院副病院長に就任。日本内科学会認定医、評議員、日本呼吸器学会専門医、指導医、代議員、日本肺がん学会理事、評議員、日本臨床腫瘍学会協議員、日本がんサポーティブケア学会評議員、日本がん治療認定医など。

この記事は2024年10月現在の情報となります。

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