がん治療中のサルコペニア・フレイルリスク
サルコペニアは、アジアのサルコペニアワーキンググループ(AWGS:Asian Working Group for Sarcopenia)によるAWGS2019が診断基準として推奨されています※1)。この診断基準は、サルコペニアを骨格筋の筋力、機能、量によって判定するもので、筋力は握力(男性<26kg、女性<18kg)、筋肉の機能は歩行速度や椅子立ち上がりテストなどによって判定します。男女ともに椅子立ち上がりテストは≧12秒/5回もしくは6m歩行で<1.0m/秒が基準となります。
また、近年では骨格筋量だけでなく骨質の評価が重要視されるようになってきました。サルコペニアの人は骨格筋が量・質ともに低下しているといわれており、それが筋力低下を引き起こす原因となります。筋肉の質は二重エネルギーX線吸収法(DEXA法)または生体電気インピーダンス法(BIA法)によって評価されます。
●スクリーニングに役立つ指輪っかテスト
サルコペニアのリスクが高い状態にあるかどうかを自分で調べる簡易的なチェックの方法に「指輪っかテスト」があります。これは指で輪っかをつくり、ふくらはぎを囲んだときの状態をみるもので、囲めない、あるいはちょうど囲める場合には筋肉量が維持できていると判断します。隙間ができてしまう場合には筋肉量が減っている可能性があります。このチェックだけでサルコペニアの正確な評価はできませんが、薬剤師が生活指導を行う際のアドバイスに役立ちます。指輪っかテストでふくらはぎに隙間ができてしまう場合には、サルコペニアの可能性を疑い、栄養療法や運動療法の強化が必要です。
●がん患者さんのサルコペニア
がん患者さんのサルコペニアにはいくつかの原因があげられます。これらは独立して存在するものではなく、それぞれが関与し合って栄養状態の悪化を招きます(表1)。
表1 がん患者さんのサルコペニアの原因
年齢 | ・高齢であること |
活動性 | ・身体症状による長期臥床
・がん治療に伴う活動量の低下 |
疾患 | ・がん悪液質 |
栄養 | ・身体症状、精神状態、薬の副作用などによる摂食量の低下
・腫瘍があることによる通過・吸収・消化障害 ・治療に伴う栄養障害 ・嚥下障害 |
がん患者さんの高齢化に伴い、サルコペニアの発生は今後さらに増えていくと考えられます。骨格筋量減少によって身体活動が低下し、食事量が減ることでフレイルリスクも高くなるため、がん治療後の予後への影響が大きくなります。
●サルコペニアによる嚥下機能への影響
筋肉量が減少すると、歩行の障害や疲労感の増強だけでなく、のどの筋肉量の減少による嚥下機能の低下も起こります。食事量がさらに減ることで低栄養のリスクが高まり、がん治療継続が困難になることがあります。
●フレイルの原因
フレイルは、加齢とともに身体機能や生理的予備能が低下するもので、身体的な問題だけでなく、認知機能の低下やうつなどの精神・心理的な問題、人とのかかわりの喪失などの社会的な問題が重なりあって起こります。サルコペニアは身体的側面の要素となっています(図1)。
図1 フレイルの原因
●フレイルサイクル
低栄養が続いて体重が減少し、筋肉量が減少する、さらに食べられなくなって少し動くだけで疲労感が強くなる、そのせいで外出機会が減ってさらに筋肉量が減っていくという悪循環をフレイルサイクルといいます(図2)。この状態が続くことで生じる転倒や骨折による療養やがん治療などを機に、さらに心身の状態が低下して要介護に至ることがあります。フレイルに陥ると、症状がドミノ倒しのように進行していくことから「フレイルドミノ」とも呼ばれます。
図2 フレイルサイクル
フレイルサイクルを防ぐケア指導のポイント
がんを患った患者さんは、「がんだから体力が低下して活動量が減るのは仕方ない」と考えがちです。しかし、治療中から無理のない範囲で活動を継続することが体力の維持につながります。
患者さんとのコミュニケーションでは、生活のなかで具体的にどのような変化があるのかを確認しましょう。骨格筋量が減少して歩行速度が低下していても、患者さん自身はそれに気づきにくいため、「昔に比べると年のせいで少し歩くのが遅くなった程度」と考えていることがあります。「信号が青になって横断歩道を歩き始めても渡り切る前に赤信号に変わってしまうようなことはありませんか?」「ペットボトルの蓋が開けにくくなっていませんか?」など、具体例を出して質問をすると患者さんの気づきにつながります。
●社会参加の重要性
フレイルの進行は、社会的側面も大きく影響します。がん治療を受けている間は、仕事や家事、趣味などの時間をがん治療や体調管理のために使うことが増え、これまでのような社会活動を送ることが難しくなります。周囲の協力を得ながら、社会とのつながり、社会や家庭での役割を持つことが重要です。がん患者さんの場合には、患者会に参加して同じがんを抱える人と交流したり、相談し合ったりすることも社会参加につながります。
●心の健康
がんと診断されたことで治療のことや経済的な負担のこと、今後の生活のことなど、さまざまなことを不安に感じます。「がんという大きな病気になったのだから眠れなくなったり不安が強くなったりするのは当たり前」と考える患者さんも少なくありません。しかし、不安が強くなるとさらに抑うつなどを引き起こし、がん治療への影響も出てきます。患者さん自身もそのつらさを我慢していることに気づかないこともあるため、つらい気持ちをためこまないよう、医療従事者が寄り添う姿勢を示すことが大切です。
●口腔ケア
サルコペニアで嚥下機能が低下すると、食物残渣が起こりやすくなります。口腔内が不衛生になることで歯を失ったり、誤嚥性肺炎を起こしたりするリスクが高くなるため、こまめな口腔ケアが重要になります。とくにがん患者さんの場合には、抗がん剤治療によって口腔乾燥や口内炎などが起こりやすくなります。口腔乾燥や口内炎などによる痛みを緩和するうえでも口腔ケアは重要になります。痛みが軽減できれば、食事がつらいものとならず、食事量の確保にもつながります。
身体機能だけでなく、精神的、社会的側面が影響し、フレイルは進行します。がんやその治療に伴う体重減少は、サルコペニア、フレイルへの悪循環を招く原因となるため、日常の生活指導から食事量を確保し、身体を動かすこと、社会とのつながりを可能な限りで維持することを伝えることが大切です。
●口腔ケアについてはこちら
<文献>
※1) |
日本サルコペニア・フレイル学会:サルコペニア診断基準の改訂(AWGS2019発表)
http://jssf.umin.jp/pdf/revision_20191111.pdf (2024年10月16日閲覧) |
・ | e-ヘルスネット:健康用語辞典 身体活動・運動 サルコペニア
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/exercise/ys-087.html (2024年10月16日閲覧) |
・ | 大野綾:特集 がんの嚥下障害と栄養 がんの嚥下障害におけるリハビリテーションと臨床栄養.The Japanese Journal of Rehabilitation Medicine,58:896-904,2021.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjrmc/58/8/58_58.896/_pdf (2024年10月16日閲覧) |
・ | 長寿科学振興財団:フレイル予防・対策:基礎研究から臨床、そして地域へ Advances in Aging and Health Research 2020.
https://www.tyojyu.or.jp/kankoubutsu/gyoseki/pdf/R2-2-1.pdf (2024年10月16日閲覧) |
・ | 山田実:はじめてとりくむ身体活動支援 メタボ・フレイル時代の栄養と運動 疾患予防と改善のための身体活動のエビデンス サルコペニア.臨床栄養別冊,59-68,2019. |
・ | 山田実:サルコペニア新診断基準(AWGS2019)を踏まえた高齢者診療.日本老年医学会雑誌,58(2):175-182,2021.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/geriatrics/58/2/58_58.175/_pdf/-char/ja (2024年10月16日閲覧) |
・ | 健康長寿ネット:フレイルと社会参加
https://www.tyojyu.or.jp/net/byouki/frailty/koreisha-shakaisanka-kenkochoju.html (2024年10月16日閲覧) |
京都府立医科大学大学院
医学研究科呼吸器内科学
教授 髙山 浩一 先生
1987年九州大学医学部卒業、1995年九州大学医学部附属胸部疾患研究施設助手、2000年アラバマ大学バーミンハム校に留学。2009年九州大学病院がんセンター化学療法部門長、翌年同大学大学院内科学呼吸器内科分野准教授を経て2015年より現職。京都府立医科大学附属病院がんゲノム医療センター長、同院がん薬物療法部部長、地域医療推進部長を併任。2023年同大学附属病院副病院長に就任。日本内科学会認定医、評議員、日本呼吸器学会専門医、指導医、代議員、日本肺がん学会理事、評議員、日本臨床腫瘍学会協議員、日本がんサポーティブケア学会評議員、日本がん治療認定医など。
この記事は2024年10月現在の情報となります。