認知症がある人のがん治療

認知症があるがん患者さんの主な精神症状

高齢がん患者さんの特徴

がん患者さんは、がんと診断されたときにこころに大きなストレスを感じます。がんであることを受け入れられたか否かに関係なく、医師の説明から治療選択を迫られ、死の恐怖や経済的な不安を抱えたまま治療に臨む人も少なくありません。こうしたストレスが心身の症状となって表れることもあります。

身体への負担が少ない手術やがん化学療法、副作用への対応が可能となり、がん治療を受ける高齢の患者さんも増えています。また、入院期間の短縮化や外来通院での治療の選択肢が増えたことにより、生活面での変化を最小限に抑えることができるようになりました。

しかし、個人差はあるものの、高齢のがん患者さんは、年齢やほかの病気を抱えていることによる影響を受けやすいため、患者さんの筋力(握力、歩行距離)などの身体機能や抑うつ、気分、物忘れの程度、生活や治療をサポートする人の有無、住居環境などを考慮したうえで、その人に合う治療を医師が提案します。

●高齢がん患者さんの療養生活

高齢のがん患者さんは、入院を機に認知症と診断される、認知症の症状が悪化するということも考えられます。医師や薬剤師、看護師などの医療従事者、ケアマネジャーや介護福祉士等の介護従事者がチームとなって、患者さんの意思決定支援や家族のサポートを行います。

高齢がん患者さんに多い精神症状

高齢の患者さんは、がん治療に伴う身体的な負担だけでなく、せん妄やがんと診断されたことによるうつ病や(抑)うつ状態、適応障害など、精神症状が問題になることがあります。また、加齢に伴う認知症リスクも重なるため、がんにかかる前には認知機能の低下がなかった人でも、がんの診断、治療後に認知症の症状がみられることがあります。

●適応障害

がん治療の過程において強いストレスを感じた場合も、一般的には2週間程度で徐々にもとの状態に回復していくといわれています。しかし、なかには日常生活に支障をきたすほどの不安や抑うつ症状が続くことがあります。このとき、適切な治療を受けられないと、適応障害、うつ病や(抑)うつ状態を引き起こすことがあります。

がん患者さんのなかには、「がんになってしまったのは自分だからつらい気持ちも我慢しなくてはいけない」「家族や周囲の人に迷惑をかけたくない」などと考え、つらさを我慢してしまう人もいます。がん化学療法に伴う症状が患者さんにとって強いストレスになっている場合もあります。がんと診断されて3か月以内に気分の落ち込みや集中力の低下、不眠や食欲低下などの症状が表れた場合には、医師や看護師、薬剤師などの専門家に相談しましょう。

●うつ病や(抑)うつ状態

高齢者はうつ病や(抑)うつ状態の有病率が高く、がんと診断されたことを機に抑うつを呈する患者さんも少なくありません。特に高齢者ではうつ病や(抑)うつ状態があることで吐き気やめまい、胸が苦しくなるなどの身体症状が出やすくなります。なかには妄想や、強い不安や緊張から死にたくなる気持ちが強くなる人もいます。

軽い抑うつでも全身の機能が低下する原因となります。家族(介護者)は、患者さんの表情や会話などから「いつもと違う」と感じることがあったら、医師や看護師、薬剤師などの専門家に相談しましょう。

●せん妄

がんの治療などに伴って一時的に意識障害や注意障害などの症状が起こることがあります。これをせん妄といいます。

せん妄を起こすと、幻覚や妄想、興奮などが起こったり、徘徊して落ち着きがなくなったり、なかには暴力や暴言が出ることもあります。また、せん妄の症状には、会話をしなくなったり動きが鈍くなったり、無気力になったりするタイプもあります。高齢者やがん患者さんの場合は、会話をしなくなったり動きが鈍くなったりするタイプが多いといわれています。

●認知症

認知症はがんと同様に年齢を重ねるごとにリスクが高くなります。認知症に伴うがん治療の影響にはさまざまなものがありますが、代表的なものに、患者さんが処方された通りに薬を飲むことが難しい点があげられます。また、認知症があることで日常生活動作(移動や食事、更衣、入浴、排せつ、身なりを整えるなど)が困難になることもあります。日常生活動作能力を保つことは、認知機能を可能な限り維持しながらBPSDを緩和することにつながります。

がんやがん治療に伴うせん妄の予防

せん妄は、薬剤が原因で起こることもあります。高齢者の場合、がん以外の病気の治療を受けている人が多く、これまで飲んできた薬が原因でせん妄が起こることもあります。薬剤師に現在飲んでいる薬を確認してもらうことが大切です。

がん治療の副作用がせん妄を引き起こすこともあります。特に脱水や痛み、悪心、便秘、不眠などに注意しましょう。治療を始める前に、医師、薬剤師などの専門家から副作用への対応について説明を受け、十分理解したうえでがん治療を始めましょう。

○ 脱水

水分摂取量が不足すると脱水を起こしやすくなります。水分はこまめに取りましょう。脱水を起こしていないかどうかを確認する方法のひとつに「ツルゴール反応」という方法があります。

【ツルゴール反応】

手の甲の皮膚をつまんで戻し、2〜3秒経っても戻らない場合には脱水が疑われる

爪を押して手を離し、爪に赤みが戻らない場合も脱水の可能性がある

○ 嘔吐しそうな胸のむかつき(悪心)

がん治療に伴い、嘔吐しそうな胸のむかつき(悪心)が起こることがあります。その予防のためにステロイドを使用するケースがありますが、ステロイドはせん妄のリスクになるため、医師や薬剤師の説明をよく聞き、せん妄への対応を確認しましょう。

○ 便秘

がん治療に伴い、排便リズムが乱れて便秘になることがあります。排便リズムの把握や食事量や水分摂取量が減っていないかをすぐに確認できるように、排便日誌などを活用するとよいでしょう。

○ 不眠

不眠に対する治療薬のなかにはせん妄リスクを高めるものがあります。薬剤の変更によってそのリスクを抑えることができるため、医師や薬剤師に相談しましょう。

認知症の進行を止めることは難しく、年齢とともに確実に進行していきます。しかし、認知症の治療によって、認知機能の低下のスピードをゆるやかにすることで、BPSDの緩和にもつながります。

参考文献
・小川朝生・田中登美編:認知症plusがん看護.日本看護協会出版会,2019.
・日本がんサポーティブケア学会:高齢者がん医療Q&A総論.2020.
http://www.chotsg.com/jogo/souron.pdf
・日本サイコオンコロジー学会・日本がんサポーティブケア学会編:がん医療におけるこころのケアガイドラインシリーズ1がん患者におけるせん妄ガイドライン2019年版.金原出版,2019.
https://jpos-society.org/pdf/gl/delirium/all_jpos-guideline-delirium.pdf
・日本臨床腫瘍学会・日本癌治療学会:高齢者のがん薬物療法ガイドライン.南江堂,2019.
https://minds.jcqhc.or.jp/docs/gl_pdf/G0001132/4/cancer_drug_therapies_for_the_elderly.pdf
・長島文夫・古瀬純司:総説高齢がん患者の治療と支援.日本老年医学会雑誌,59(1)1-8,2022.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/geriatrics/59/1/59_59.1/_pdf/-char/ja
・明智龍男:総説他領域からのトピックス サイコオンコロジー:がん患者に対する精神神経学的アプローチ.日本耳鼻咽喉科学会会報,118(1):1-7,2015.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jibiinkoka/118/1/118_1/_pdf/-char/ja
・厚生労働省:認知症施策推進大綱(令和元年6月18日認知症施策推進関係閣僚会議決定)(概要)
https://www.mhlw.go.jp/content/000519053.pdf
・厚生労働省:重篤副作用疾患別対応マニュアル 薬剤性せん妄(令和3年10月15日第13回重篤副作用総合対策検討会資料2-28)
https://www.mhlw.go.jp/content/11121000/000842170.pdf

小川 純人 先生
東京大学大学院医学系研究科老年病学 教授
小川 純人 先生


1993年東京大学医学部医学科卒業、1994年JR東京総合病院内科、1999年同大学院医学系研究科生殖・発達・加齢医学専攻博士課程修了。2001年カリフォルニア大学サンディエゴ校細胞分子医学教室、2005年東京大学医学部附属病院老年病科助教、文部科学省高等教育局医学教育課参与(専門官)等を経て、2013年より東京大学医学部附属病院老年病科准教授を務め、2024年同教室教授に就任。現在に至る。

この記事は2022年12月現在の情報となります。

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