認知症がある人のがん治療

認知症がある人の薬の飲み忘れ対策

認知症がある人の薬剤の自己管理

認知症があるがん患者さんの服薬管理では、認知機能障害によるさまざまな影響があります。

家庭での服薬管理は家族などの介護者や訪問看護師、薬剤師等のみで行うのではなく、その人の認知機能の程度によって、自己管理が困難なところをアサポートすることが大切です。

【薬の服用に必要な自己管理能力】

・薬剤の色、形、大きさの識別ができる

・薬剤を被包(PTPシートや一包化)から取り出すことができる

・薬剤を口まで運ぶことができる

・薬剤を患部に貼る、塗ることができる

・内服に必要な水やとろみ剤などを自分で準備することができる

・薬剤を内服し、水やとろみ剤を使って飲み込むことができる

・内服後に姿勢を維持できる など

●服薬に関する困りごとは薬剤師に相談を

調剤薬局では、患者さんや家族からの話をもとに、服薬管理に必要な指導、サポートを行います。実際に患者さんが生活をしている場を訪問して、どんな介助が必要かを具体的に指導する、ツールの活用を提案するなど、患者さんががん治療を継続するだけでなく、家族の負担を軽減するためのアドバイスができることもあります。調剤薬局の窓口で相談しましょう。

認知機能障害に伴う薬の服用への影響

薬剤師が行う服薬管理のサポートには、薬を飲む回数を減らしたり、複数の薬をひとつの包装にまとめたりする方法もあります(表1)。

表1 薬剤師による薬の飲み忘れや飲みにくさを軽減する工夫

服薬数を少なく 降圧薬や胃薬など同効果2~3剤を力価の強い1剤か合剤にまとめる
服薬法の簡便化 1日3回服用から2回あるいは1回への切り替え
食前、食直後、食後30分など服薬方法の混在を避ける
介護者が管理しやすい服用法 出勤前、帰宅後などにまとめる
剤形の工夫 口腔内崩壊錠やドライシロップ、内服ゼリー、貼付剤などの選択
一包化調剤の指示 長期保存できない、途中で用量調節できない欠点あり
緩下剤や睡眠薬など症状によって飲み分ける薬剤は別にする
服薬カレンダー、薬ケースの利用

日本老年医学会編:改訂版健康長寿診療ハンドブック―実地医家のための老年医学のエッセンス.154,2019.を参考に作成
https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/publications/other/pdf/handbook2019.pdf

●剤型の特徴

薬はさまざまな剤型があり、患者さんの自己管理能力や介護者(家族)の負担を軽減できるものから選ぶことができることもあります。高齢者の場合、口腔内崩壊錠やドライシロップ、内服ゼリーなどの剤型などが有用とされています。

・口腔内崩壊錠(OD錠):唾液で溶けるため、水を準備する必要がありません。水を飲むとむせやすい高齢者にも有用です。

・ドライシロップ:直接飲むことができるだけでなく、水に溶かして飲んだり、少量の水に溶いてペースト状にしたりと汎用性が高く、患者さんの状態によって服用の仕方が変えられます。

・内服ゼリー:ゼリー状のため、嚥下障害があったり、水でむせやすかったりする人でも服用しやすい


しかし、OD錠は口のなかで溶ける際の味が嫌いだという理由で吐き出してしまうなど、その人によって飲みやすい薬は異なります。患者さんが服用しにくい場合や介護者(家族)の負担が大きいと感じている場合などは、薬剤師に相談してください。

出現する症状に合わせた服薬管理の工夫

認知機能障害は、脳のどの部分が障害されているかによって表れる症状に個人差があります(表2)。薬が原因で認知機能障害が出現することもあるため、その人に合う薬の管理方法を見つけることが大切です。

表2 認知症がある人に表れる認知機能障害と服薬への影響例

機能障害 服薬への影響例
記憶障害 薬を飲み忘れる、薬を服用したことを覚えていない
見当識障害 タイミングがわからず薬を飲まない
理解判断力の低下 薬を服用する理由が理解できず拒薬する
複雑性注意障害 集中ができず、薬剤師の服薬指導が聞けない
実行機能障害 薬をPTPシートなどから取り出すことができない
言語障害 副作用による症状を適切に伝えることができない

「服薬」とは、薬を決められた用量・用法で服用できるかどうかだけでなく、副作用の症状などによって食事量が変わっていないかどうか、副作用出現時に緊急連絡先に連絡が取れるかどうかなど、薬を正しく、安全に服用するために必要な動作ができるかどうかも含まれます。認知機能が低下した人の薬の管理については、薬剤師にご相談ください。

●記憶障害や見当識障害による飲み忘れ

薬の飲み忘れ対策として活用されているものとして、服薬カレンダーがあります。一包化が難しい薬もあらかじめポケット付きのカレンダーにセットしておくことで飲み忘れが起こりにくく、家族(介護者)が不在の際にも後から確認することができるなどのメリットがあります。

服薬のタイミングを習慣化することも服薬忘れを防ぐ対策のひとつです。認知機能に合わせて家族(介護者)や医療者とともに、服薬日誌などのノートにチェックをするまでの一連の行動を訓練することで、自己管理のもとがん治療の継続が可能になることもあります。

一方で、カレンダーを見る習慣がない人は、カレンダーで服薬管理をしていることそのものを忘れてしまうことがあります。そのため、カレンダーやボックスで薬を管理する場合には、患者さんの目につきやすい場所にセットする、飲んだ後の空包を決められた場所に捨てるようにして家族(介護者)がチェックする、本人もしくは服薬確認を行った家族(介護者)が連絡ノートなどに記入し、医療者と情報を共有しましょう。家族(介護者)が困っていることも一緒に書き残しておくことで、医療者が対応しやすくなります。

すでに当日分の薬を服用したことを覚えておらず、服薬を強く訴える人に対しては、空包を本人の目にみえる場所に置くなどの方法もあります。

●理解・判断力の低下

病気のために薬を飲む必要があることが理解できないなど、認知症による理解・判断力の低下で服薬管理が難しくなることがあります。病気であることの自覚がない場合には、何の薬かわからないものをただ「飲みましょう」といっても聞き入れてもらうことは難しく、拒薬の原因になります。拒薬は、家族(介護者)にとっても負担が大きく、関係性の悪化につながることもあります。

患者さん自身が納得しないまま、無理に薬を飲ませようとしないことが重要です。食事に混ぜるなどの方法も、患者さんが気づいたときに信頼関係を壊すことにつながりかねません。患者さんはさらに薬を飲むことに恐怖、不安を感じてしまい、拒薬がひどくなることがあります。

●複雑性注意障害

注意機能は、認知症の初期の段階から低下するといわれており、注意に集中し続けることも難しくなってきます。物事や状況を理解できなくなると、何度も同じことを聞いてきたり、会話がかみ合わなかったり、説明を聞かずにイライラした様子がみられたり、落ち着きがなくなったりします。

● 実行機能障害

薬の「自己管理」といっても、薬を時間どおりに飲むことだけが自己管理ではありません。内服に必要な水(とろみ剤)を自分で用意したり、薬の包装を自分で開け、薬を口に運び、水と一緒に飲み込むまでの行動に支障が出ることもあります。

このなかでできない動作、行動がある場合には、家族(介護者)の見守りが可能な時間帯に服用できる薬に変更するなどの対応が必要になります。薬剤師にご相談ください。

●言語障害

認知症で言語障害がみられる患者さんの場合、症状があっても訴えられないことがあります。言葉だけでなく、家族(介護者)は、顔をしかめたりつらそうにしていたりと、普段と違う様子があれば、医療者に相談しましょう。

● 家族(介護者)の負担を軽減する方法

患者さんが薬を拒否する場合、家族(介護者)が薬の服用をサポートするのが難しいことがあります。無理に飲ませようとするのではなく、薬剤師にどんなことで困っているかをご相談ください。たとえば、がんに伴う痛みが強い場合、パッチ剤で皮膚から吸収されるがん疼痛治療薬に変更するなどの選択肢があります。高齢者のなかには、薬を飲むこと自体に抵抗がある患者さんもいます。貼付剤に変更することで、内服に比べて薬に対する抵抗感が軽減する点もメリットのひとつです。

参考文献
・小川朝生・田中登美編:認知症plusがん看護.日本看護協会出版会,2019.
・日本がんサポーティブケア学会:高齢者がん医療Q&A総論.2020.
http://www.chotsg.com/jogo/souron.pdf
・日本臨床腫瘍学会・日本癌治療学会:高齢者のがん薬物療法ガイドライン.南江堂,2019.
https://minds.jcqhc.or.jp/docs/gl_pdf/G0001132/4/cancer_drug_therapies_for_the_elderly.pdf
・長島文夫・古瀬純司:総説高齢がん患者の治療と支援.日本老年医学会雑誌,59(1)1-8,2022.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/geriatrics/59/1/59_59.1/_pdf/-char/ja
・日本老年医学会編:改訂版健康長寿診療ハンドブック―実地医家のための老年医学のエッセンス.154,2019.
https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/publications/other/pdf/handbook2019.pdf
・山村恵子:認知症治療薬の服薬アドヒアランス向上の取り組みと成果.ファルマシア,55(9):872-875,2019.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/faruawpsj/55/9/55_872/_pdf/-char/ja
・溝神文博:認知症患者・家族に対する服薬支援の方法.老年期認知症研究会誌,23:13-15,2020.
http://www.rouninken.jp/member/pdf/23_pdf/vol.23_03-23-02.pdf

小川 純人 先生
東京大学大学院医学系研究科老年病学
小川 純人 先生


1993年東京大学医学部医学科卒業、1994年JR東京総合病院内科、1999年同大学院医学系研究科生殖・発達・加齢医学専攻博士課程修了。2001年カリフォルニア大学サンディエゴ校細胞分子医学教室、2005年東京大学医学部附属病院老年病科助教、文部科学省高等教育局医学教育課参与(専門官)等を経て、2013年より現職。

この記事は2022年12月現在の情報となります。

ページTOPへ