がん患者さんの体重コントロール

がん悪液質による体重減少

がん悪液質はがん治療の効果を弱めたり、副作用を強めたりする原因にもなります。がん治療開始後は、副作用の影響で体重減少が起こっていると考えがちですが、並行してがん悪液質が進行している可能性があるため、早めに医療従事者に相談しましょう。

がん悪液質の原因と症状

がん患者さんの体重減少で問題となるのががん誘発性体重減少(がん悪液質)です。終末期のがん患者さんに起こるものと思われがちですが、がん患者さんの50~80%と高い割合でみられます※1)

目に見える現象としては、見た目の変化や体重自体が減少するもので、副作用などによる食欲低下から起こる体重減少と変わらないように見えますが、食事がとれているにもかかわらず筋肉量が減っていくのががん悪液質です。がん細胞から分泌させる炎症物質によって、筋肉や脂肪の分解が進んでしまいます。通常、脂肪は、活動に必要な白色脂肪として蓄えられていますが、がん悪液質によってすぐに燃焼されてしまう褐色脂肪へと変化してしまうため、食事からエネルギーを補っても、それが追いつかないスピードで褐色脂肪によってエネルギーが次々と消費されてしまうのです。消費されるエネルギー源がなくなってしまうと、やがて筋肉まで分解してしまうため、筋肉量が減っていくのです。そのため、食事をとっていてもやせていってしまいます。

●がん悪液質の発生率が高いがん種

がん悪液質は、がん種によっても発生頻度が異なることがわかっています。膵臓がんの患者さんでもっとも起こりやすく、9割近い患者さんにがん悪液質がみられます。また、消化器がん、骨軟部肉腫、婦人科がん、頭頸部がんにも起こりやすいことがわかっています。がん種を問わず、進行がんの患者さんでは25%にがん悪液質がみられます。

●がん悪液質の症状

がん悪液質は体重減少だけでなく食欲不振、疲労・だるさ、サルコペニアなどの症状を引き起こします。悪液質そのものはがん以外の慢性疾患でも現れることがあります。しかし、がん悪液質はがん以外の病気の悪液質に比べて短期間で体重減少が進行するため、体重の推移に注意が必要です。とくにがん悪液質の有病率が高いがん種では、軽度の食欲不振や体重減少であっても、それががん悪液質のサインである可能性があり、早期の対策が求められます。

●がん悪液質の診断

過去6か月の体重変化の割合が次のいずれかに当てはまる場合にはがん悪液質と診断されます(図1)。しかし、その前(前悪液質)の段階から食欲不振などの症状や体重が徐々に減り始めるため、早めに治療を開始することが大切です。


図1 がん悪液質の診断基準※1)

がん悪液質の治療

がん悪液質の治療は、薬による治療だけでなく、栄養療法、運動療法、心理社会的介入を組み合わせ、さまざまなアプローチで行っていくことが大切です。ただし、がん治療中で食欲が低下している場合、がん悪液質に対する治療が患者さんの負担になることもあります。それを避けるためにもできるだけ早い段階でがん悪液質への対応を進めていくことが大切です。

非小細胞肺がん、胃がん、膵がん、大腸がんでがん悪液質があり、6か月以内に5%以上の体重減少がある場合、がん悪液質の治療薬が適応になります。

その他のがん種で、がん悪液質の患者さんに対しては、症状に応じて薬が処方されることがあります。薬の副作用については医師や薬剤師に確認しましょう。

また、薬以外の治療では、栄養療法や運動療法、うつや不安に対する心理療法などがあります。これらを組み合わせてがんの治療と並行してがん悪液質に対応していきます。運動療法については、医師に相談のうえ、有酸素運動やそれに筋力トレーニングを組み合わせたレジスタンス運動などを行います。栄養療法については少量でエネルギーや栄養素をバランスよく補うことができる経腸栄養剤や栄養補助食品の活用や食事のとり方の工夫が有効です。

筋力低下やフレイル(虚弱)による生活への影響

がん悪液質は、サルコペニアのリスクを高めることがわかっています。サルコペニアとは、筋肉量が減って身体機能が低下するものです。サルコペニアが進むと、心身の機能が低下して虚弱に至るフレイルのリスクが高くなります。サルコペニアが進行すると歩行速度が遅くなったり、むせやすくなったりします。「最近信号が赤になるまでに横断歩道が渡りきれなくなった」「食事でむせやすくなった」「疲れやすくなった」など、生活をするうえでも影響が出ることがあります。

●スクリーニングに役立つ指輪っかテスト

サルコペニアのリスクが高い状態にあるかどうかを自分で調べる簡易的なチェックの方法に「指輪っかテスト」があります。これは指で輪っかをつくり、ふくらはぎを囲んだときの状態をみるもので、囲めない、あるいはちょうど囲める場合には筋肉量が維持できているものと考えられます。一方、隙間ができてしまう場合には筋肉量が減っている可能性があります。このチェックだけでサルコペニアの評価はできませんが、定期的にチェックしてふくらはぎの太さに変化があった場合には医療従事者に相談しましょう。

●サルコペニアによる嚥下機能への影響

筋肉量が減少すると、歩行の障害や疲労感の増強だけでなく、のどの筋肉量が減って食事を飲み込む力が弱くなることがあります。飲み込む力が弱くなると食事量が減って低栄養のリスクが高くなります。

●フレイルサイクル

低栄養が続いて体重が減少し、筋肉量が減少する、さらに食べられなくなって少し動くだけで疲労感が強くなり、そのせいで外出機会が減ってさらに筋肉量が減っていくという悪循環をフレイルサイクルといいます(図2)。この状態が続くと転倒や骨折による療養やがん治療などを機にさらに心身の状態が低下して要介護に至ることがあり、これを「フレイルドミノ」と呼びます。


図2 フレイルサイクル

がん患者さんは、「がんだから体力が低下して活動量が減るのは仕方ない」と考えがちです。しかし、動けるのであれば活動を継続して体力を維持することが重要です。また、がん治療が始まって人との交流機会が減ったり、口内炎などの副作用で口のなかの痛みが強く、食事がとりにくくなって低栄養になったりすると、さらに悪循環に陥るため、体調をみながら活動量や食事量をできるだけ維持すること、人との交流機会や家庭、社会での役割を持つことも大切です。

がん治療中の体重減少で問題となるのががん悪液質です。がん悪液質はがんが進行した患者さんに起こるものとは限りません。また、筋肉量が減少することでサルコペニアのリスクとなるため、体重減少を見逃さないことが大切です。

<文献>
※1) Fearon K, et al. Definition and classification of cancer cachexia: an international consensus. Lancet Oncol, 12:489-495, 2011.
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(2024年10月16日閲覧)
髙山 浩一 先生
京都府立医科大学大学院医学研究科呼吸器内科学
教授 髙山 浩一 先生


1987年九州大学医学部卒業、1995年九州大学医学部附属胸部疾患研究施設助手、2000年アラバマ大学バーミンハム校に留学。2009年九州大学病院がんセンター化学療法部門長、翌年同大学大学院内科学呼吸器内科分野准教授を経て2015年より現職。京都府立医科大学附属病院がんゲノム医療センター長、同院がん薬物療法部部長、地域医療推進部長を併任。2023年同大学附属病院副病院長に就任。日本内科学会認定医、評議員、日本呼吸器学会専門医、指導医、代議員、日本肺がん学会理事、評議員、日本臨床腫瘍学会協議員、日本がんサポーティブケア学会評議員、日本がん治療認定医など。

この記事は2024年10月現在の情報となります

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