がん患者さんの感染症予防

がん治療時の感染予防:皮膚&口腔ケア

感染症は、さまざまな経路で身体に侵入します。抗がん剤によっては、治療中に皮膚や口の粘膜もダメージを受けてしまいます。骨髄抑制がある時期には、身体に入り込んだ病原菌とたたかう免疫機能が低下しているため、外に接する皮膚や口のなかをケアし、バリア機能を保って病原菌を体内に侵入しにくくすることが大切です。

入浴時の注意点

体調が悪いなどの理由がなければ、毎日入浴しましょう。湯船につかることが難しい場合には、シャワー浴でも構いません。

がん治療中は皮膚が乾燥しやすくなります。分子標的薬の副作用であるざ瘡様皮疹や手足症候群などが生じると、皮膚に水疱やかゆみが出ることもあります。そこで皮膚を掻いてしまうと傷から病原菌が入り込み、感染リスクが高くなります。また、陰部を不潔にしてしまうことで尿路感染症や膣炎などのリスクも高まります。

●身体を洗うときの注意点

がん治療中は皮膚が弱くなって傷つきやすくなります。石けんをよく泡立ててから、力を入れず皮膚の上を滑らせるようにやさしくなで洗いすることで汚れを取り除くことができます。ゴシゴシこすってしまうと、かえって皮膚にダメージを与えてしまうので注意しましょう。

●熱すぎるお湯は避けて

お湯の温度が高すぎると、かゆみが出ることがあり、皮膚の脂分が失われて乾燥が進んでしまいます。ぬるすぎても身体を冷やしてしまう原因になるため、熱すぎない温度に設定しましょう。

●入浴後は冷えない工夫を

入浴後はしっかりと水分を拭き取り、髪も早く、しっかりと乾かしましょう。湯冷めして身体が冷えると免疫機能が低下してさらに感染症にかかりやすくなります。身体を冷やさない、汗をかかないように、室内の温度や衣服を調整して過ごしましょう。

●温泉や共同浴場での入浴は主治医に相談してから

がん治療中で骨髄抑制がある時期は、温泉や共同浴場の利用はあまりおすすめしません。利用したい場合には、事前に主治医に相談し、治療スケジュールや体調を踏まえて、可能な時期を確認しましょう。

毎日のスキンケア

がん治療中は、毎日のスキンケアも重要な感染予防対策のひとつです。スキンケアの基本は、①清潔を保つ、②保湿する、③紫外線などの刺激から保護する、の3つです。

●清潔を保つ

毎日の入浴(シャワー浴含む)や手洗いのほか、トイレを使用した後にトイレットペーパーでお尻を拭くときはやさしく傷つけないように注意しましょう。抗がん剤治療中は副作用として下痢症状が出ることがあります。便がお尻に付着したままでは感染リスクとなるため、ていねいかつこすりすぎないように拭き取りましょう。

清掃が行き届いている家庭であれば、トイレのお尻の洗浄機能を、水圧を弱めにして使用する方法もあります。ただし、外出先の洗浄機能つきトイレは、洗浄ノズルにカビなどが付着している可能性もあります。利用したい場合には、携帯用の洗浄用具を持参するなどの工夫をしましょう。

月経中の女性は、ナプキンを随時交換する、洗浄機能がついているトイレでビデ洗浄を行うなど、感染リスクを軽減するように心がけます。

●保湿する

入浴後は保湿クリームなどでスキンケアを行うほか、外出時や食後に手洗いをした後もクリームなどで保湿をしましょう。

【保湿剤使用量の目安】

保湿剤は塗る量が重要です。使用量が少ないと十分保湿ができません。入浴する際は保湿成分が入っている入浴剤を使用することである程度皮膚の乾燥を防ぐことができます。ただし、その場合も浴室から出た後はクリームやローションで保湿をしましょう。

●紫外線などの刺激から保護する

外出時には皮膚の露出をできるだけ避ける服装を選びましょう。また、顔や手などには低刺激の日焼け止めクリームなどを塗ります。帽子や手袋の着用も保護に役立ちます。

●爪からの感染を防ぐ

分子標的薬の副作用である爪囲炎があると細菌感染が起こりやすくなります。また、皮膚が乾燥してひび割れや傷ができると、傷口から感染を起こすこともあります。できるだけ傷をつくらないようにしましょう。

爪を切るときには、深爪をしないように注意します。そこから病原菌が侵入して感染を起こすことがあります。

●家族も協力してスキンケアを継続しましょう

がん治療中は、副作用や体力の低下などで患者さん自身がこまめに清潔、保湿などのケアができないことがあります。入浴ができないときには清潔な蒸しタオルで脇の下や陰部などを拭く、入浴後、だるさで保湿ケアができないときには家族に協力を得るなどの工夫をしましょう。

口腔ケアのポイント

がん治療中は口のなかにも副作用が出やすくなります。骨髄抑制によって免疫機能が低下すると、細菌による感染が起こりやすく、それが原因で発熱することもあります。また、口内炎ができると細菌感染が起こりやすくなるだけでなく、強い痛みも伴います。

口内炎による痛みで食事量が減少して栄養状態が悪くなることで、がん治療のスケジュールに影響が及ぶこともあります。抗がん剤による骨髄抑制がある患者さんだけでなく、がん治療中の患者さんはふだん以上に口のなかを清潔に保つことを心がけましょう。

●最も大切なのは毎食後の歯みがき

口のなかのケアの基本は歯みがきです。口のなかの細菌数を減らすために、毎食後に歯をみがきましょう。力を入れすぎると歯茎が傷ついて口内炎の原因になるため、歯みがきをする際は力を入れすぎず、歯1本1本をていねいにみがきます。
歯間ブラシやデンタルフロスなどは、粘膜を傷つけるリスクがあるため、使用する場合には歯科医に相談しましょう。

●定期的な歯科受診を

がん治療前に歯の治療を行い、治療開始後もかかりつけの歯科医院で定期的に歯の状態をチェックしてもらいましょう。みがき残しが出やすいところや自分に合う歯ブラシの選び方など、歯科医や歯科衛生士から指導を受けることで、よりセルフケアの効果が出やすくなります。

●口のなかの保湿も大切

抗がん剤の影響で口のなかが乾燥しやすくなっています。口のなかが乾燥すると粘膜が傷つきやすくなり、感染リスクが高くなります。1日4回程度のうがいと、刺激が少ない口腔内の保湿液やジェルなどで保湿を心がけましょう。

●入れ歯のメンテナンスも忘れずに

入れ歯が不潔な状態だと病原菌の温床になります。特に免疫機能が低下していると、義歯に付着しやすいカンジダ菌が繁殖しやすく、口腔カンジダ症を引き起こしやすくなります。

入れ歯は見た目にはきれいでも必ずブラシで汚れを落とし、義歯用の洗浄剤で殺菌・消毒をしましょう。就寝時に入れ歯を外すときには専用のケースに入れます。入れ歯が合わないと口のなかに傷ができやすくなり、それが感染の原因になることもあります。定期的に歯科を受診して入れ歯のメンテナンスも行いましょう。

荒岡 秀樹 先生
国家公務員共済組合連合会虎の門病院
臨床感染症科部長
荒岡 秀樹 先生


和歌山県立医科大学卒業
東京厚生年金病院内科、杏林大学医学部第一内科(呼吸器内科)を経て、2007年に虎の門病院に赴任。日本内科学会総合内科専門医・指導医、日本感染症学会専門医・指導医・評議員、日本臨床検査医学会臨床検査専門医、日本化学療法学会抗菌化学療法指導医・評議員、日本臨床微生物学会認定医・評議員・理事、インフェクションコントロールドクター(ICD)の認定資格を取得
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