がん患者さんの睡眠障害(不眠)
がん患者さんの「眠り」の重要性
睡眠には疲労を回復したりストレスを解消したりする効果があり、患者さんが治療を継続するうえで重要なものです。ここでは眠りとがん治療との関連について紹介します。
高齢がん患者さんの特徴
がん患者さんが治療に向き合うために必要な体力や前向きな気持ちを維持するうえで、睡眠は大きな役割を果たしています。
睡眠は、脳機能や心身の健康、行動などに影響を及ぼしており、疲労を回復させ、傷ついた細胞を修復したり成長を促進したりするために欠かせないものです。脳や身体の疲労が回復できないまま活動を続けていると、その疲労が徐々に蓄積し、心と身体にさまざまな不調をきたします。
【睡眠の主な役割】
睡眠のリズムは、毎日の生活のなかで蓄積された疲労によって生じる睡眠欲求と、体内時計によってコントロールされている覚醒力がバランスをとりあうことでつくられています。身体の生体機能によってさまざまなホルモンが働くことで、夜になったら眠くなり、約90分周期でレム睡眠とノンレム睡眠を繰り返しながら、脳と身体の疲労を回復させ、朝が来たら目が覚めて活動ができます。
睡眠中に繰り返すレム睡眠とノンレム睡眠。レム睡眠中は脳が活動して情報を整理し、リフレッシュをはかっている状態で、ノンレム睡眠は、大脳も休息している状態です。人は寝ている間に夢をみますが、これはレム睡眠との関係が深いとされています。睡眠中にレム睡眠がとれなくなると情報整理ができずに記憶力や認知力が低下するという報告もあり、夢をみるレム睡眠は眠りのなかで欠かせないものなのです。
眠れないことによるがん治療への影響
がん患者さんの20〜50%が不眠を経験するといわれています。睡眠がしっかり取れていないと疲れやすく、だるさが続いたり、集中力が低下したりするため、さらに動くことがつらくなり、がん治療を受けるために必要な体力も落ちてしまいます。また、動くことがつらくなると、前向きにがん治療を受ける意欲や生活の質(QOL)が低下します。
不眠によって生活の質(QOL)が低下すると、がん治療にも悪影響を及ぼすといわれています。睡眠を大切にすることは、生活の質(QOL)を保ちながらがん治療を継続する重要なポイントとなります。
がんやその治療が眠りに与える影響
がんと診断されると、多くの人はショックを受け、不安や悲しみ、怒りなどの感情が起こります。それ自体は、誰にでも起こりうる自然な心の反応で、気持ちが落ち込んだり、その事実を受け止められなかったりすることもごく当たり前のことです。
気持ちの揺れや不安が大きくなるのは、がんと診断されたときだけではありません。治療中の副作用や期待する治療効果が出なかったときなどには、その現実にすぐに適応することは難しく、さらに強い不安に襲われてしまうこともあります。寝床に入ってもなかなか寝つけない、寝てもすぐに起きてしまうといったことを繰り返すこともあります。
実際に抗がん剤による治療を受けている患者さんは、不眠になる頻度が一般の人に比べて3倍に高くなるといわれています。また、がん治療開始時に不眠だけでなく、倦怠感、抑うつなどの精神症状がある人は、がん治療中もそれらの症状が残りやすいといわれているため、注意しましょう。
睡眠は、人が生きていくうえで欠かせないものであり、とくにがん患者さんの場合、さまざまな理由から睡眠のリズムが乱れて質が低下しやすくなります。不眠が続くとがん治療にも影響し、がんやその治療が不眠を悪化させる原因になることもあります。この悪循環を防ぐためにも睡眠の悩みがあれば医療従事者にご相談ください。
参考文献
・金野倫子:第54回日本心身医学会総会ならびに学術講演会シンポジウム がん治療中における睡眠障害.心身医学,日本心身医学会,54(3):251-256,2014
・がん情報サービス:不眠について
https://ganjoho.jp/public/support/condition/insomnia/ld01.html
・上村恵一:睡眠障害のメカニズムと治療.がん看護,南江堂.20(2)増刊:183-187,2015.
・Liu L et al; Pre-treatment symptom cluster in breast cancer patients is associated with worse sleep, fatigue and depression during chemotherapy. Phycho-Oncology, 18(2): 187-194, 1994
・厚生労働省e-ヘルスネット:睡眠と健康 不眠症
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-02-001.html
・内山真:特集「日常診療で役立つ睡眠学の知識」睡眠の役割とメカニズム.日大医学雑誌,日本大学医学会.79(6):327-331,2020.
・新野秀人:特集 痛み・痒みと睡眠障害の関連を探る がん患者にみられる睡眠障害.ねむりと医療,先端医学社.3(1):19-21,2010.
・横山遼・小曾根基裕:特集/睡眠障害へのアプローチ最前線 各種睡眠障害の診断と治療 不眠症の診断と治療.臨牀と研究,大道学館.99(9):1077-1082,2022.
聖路加国際大学臨床教授/京都府立医大客員教授
保坂 隆 先生
1977年慶應義塾大学医学部を卒業後、同大学精神神経科入局。1990年より2年間、米カリフォルニア大学ロスアンゼルス校(UCLA)精神科に留学。東海大学医学部教授、聖路加国際病院精神腫瘍科部長、聖路加国際病院リエゾンセンター長などを経て、現職。
この記事は2023年5月現在の情報となります