がんに伴う排尿トラブルと
セルフケア
がん患者さんの排尿障害
排尿障害はがんやその治療に伴って生じる症状のひとつで、生活に支障をきたすことがあります。治療前からそのリスクを理解し、セルフケアや治療を行うことで症状を緩和する可能性があります。がんと診断されたら、がんの進行や治療に伴う排尿障害のリスクについて主治医の説明をよく聞きましょう。
排尿障害の原因
がん患者さんの排尿障害は、尿路や骨盤内に発生したがんやそれに伴う治療の影響で神経などが傷つくこと、さらにがんが進行して全身状態が低下したことが原因となります(表1)。
表1 がんやその治療に伴う排尿障害
原因 | 主ながんの種類 | |
---|---|---|
がん (下部尿路や前立腺) |
下部尿路(膀胱や尿道、括約筋など)や前立腺組織にできたがんによって尿道が狭くなるなどの障害が起こる | 膀胱がん、前立腺がんなど |
がんが進行して周囲の臓器に浸潤し、排尿筋が弛緩することで障害が起こる | 膀胱がん、前立腺がん、子宮がん、卵巣がん、直腸がんなど | |
がん (骨盤内臓器) |
骨盤内にできたがんが膀胱や尿路を圧迫することによって障害が起こる | 子宮がん、直腸がんなど |
骨盤内にできたがんが膀胱や尿路を圧迫することや浸潤による機能障害が起こる | 子宮がん、卵巣がん、直腸がんなど | |
がんの治療 (放射線治療や手術療法) |
放射線の照射や手術による膀胱の萎縮や容量の減少で障害が起こる | 膀胱がん、前立腺がん、子宮がん、直腸がんなど |
■は、がんによる器質的な障害
■は、がん治療に伴う器質的な障害
このほか、排尿障害は薬の副作用として現れることもあります。がん以外の病気で服用している薬の影響も考えられるため、「尿が出にくい」「夜中に何度もトイレに行く」「急にトイレに行きたくなって間に合わずもらしてしまった」という場合は、医療従事者にご相談ください。
排尿障害の種類
排尿障害は、排尿筋の収縮力が低下したり、膀胱の出口がうまく開かなかったりすることで起こります。大きく分けて排尿症状、蓄尿症状、排尿後症状などがあります。
●排尿症状
排尿時の勢いが弱くなったり、尿が飛び散って便器の外に出てしまったり、トイレに入ってから排尿が始まるまでに時間がかかったり、尿の切れが悪くしずく状態の尿が落ちてきたりします。がんの手術後には尿道が狭くなって尿が出なくなる(尿閉)症状が出ることもあり、この場合は手術が必要になります。
●蓄尿症状
膀胱に尿が十分ためられなくなってトイレが近くなったり、膀胱が収縮してトイレに間に合わなかったり、くしゃみや咳をしたときに尿がもれてしまったりします。夜間の頻尿は、睡眠を妨げる原因になることがあります(表2)。
表2 尿失禁の種類
機能性 尿失禁 |
認知機能の低下や身体活動能力の低下に伴って生じるもので、トイレ以外の場所でも排尿してしまう |
切迫性 尿失禁 |
蓄尿時に膀胱が収縮してしまうことで急に尿意を催し、我慢ができずもらしてしまう |
---|---|
腹圧性 尿失禁 |
重いものを持ち上げる、くしゃみや咳をするなど、腹圧が上がる行為をしたことで尿がもれてしまう |
混合性 尿失禁 |
切迫性尿失禁と腹圧性尿失禁の両方の症状がみられる |
溢流性 尿失禁 |
排尿症状によって残尿があり、常に膀胱が充満しているため、尿が膀胱からあふれて少しずつもれてしまう |
反射性 尿失禁 |
尿意を伴わずに膀胱内に尿が溜まったことで膀胱収縮反射が意識しないままに起こってしまい、尿がもれてしまう |
真性尿失禁 | 女性に起こる尿失禁で尿管腟ろうや膀胱腟ろうなどが原因で起こるもの |
●排尿後症状
排尿後症状は排尿時よりも後に生じるもので、排尿後にまだ膀胱に尿が残っていると感じたり、トイレから出た後に下着に尿がもれてきたりするものをいいます。
骨盤内の臓器(前立腺、膀胱、子宮、直腸など)の手術や薬の影響でこれらの症状が出ることがあります。排尿に関するトラブルは言い出しにくい患者さんも少なくありません。しかし、適切な治療を受けることで症状の軽減が期待できます。早めに医療機関を受診しましょう。
<文献>
・金澤美緒・黒田寿美恵:手術を受けた前立腺がんサバイバーのレジリエンス.日本看護科学会誌,38:318-327,2018.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jans/38/0/38_38318/_pdf/-char/ja
・日本緩和医療学会緩和医療ガイドライン委員会編:がん患者の泌尿器症状の緩和に関するガイドライン2016年版.金原出版,2016.
・日本泌尿器科学会:男性下部尿路症状・前立腺肥大症診療ガイドライン.リッチヒルメディカル,2017.
・竹下恵美子、奥山隆ほか:直腸癌術後排尿・性機能障害の発症要因、予防対策と対応.外科,南江堂,81(7)741-747,2019.
・がん情報サービス:尿がもれる・トイレが近い もっと詳しく
https://ganjoho.jp/public/support/condition/urine01/ld01.html
・国立長寿医療センター泌尿器科:一般内科医のための高齢者排尿障害診療マニュアル
https://www.ncgg.go.jp/hospital/iryokankei/documents/urination_manualv2.pdf
・丹波光子:特集排尿ケアとリハビリテーション 前立腺癌術後、婦人科がん術後がん患者.総合リハビリテーション,医学書院,45(10)1019-1023.
・中村一郎:特集 ひとつ上を行く!がんの症状緩和実践的ノウハウ がん患者の泌尿器症状のマネジメント 頻尿・尿失禁のアセスメントと治療.月刊薬事,じほう,59(3):83-912017,
・健康長寿ネット:高齢者の排尿障害と対策
https://www.tyojyu.or.jp/net/kenkou-tyoju/kenko-cho/haisetsushogaitaisaku.html
・日本泌尿器科学会:こんな症状があったら 尿が出にくい・尿の勢いが弱い・尿をするのに時間がかかる
https://www.urol.or.jp/public/symptom/05.html
・本田正史・武中篤:第2特集解剖学的に理解する!骨盤底筋群と骨盤底筋訓練 前立腺がん術後の男性の尿失禁を理解する.泌尿器ケア,メディカ出版,20(11):96-103,2015.
訪問診療部部長 緩和ケア外科部長 地域連携室長
三浦 剛史 先生
1993年日本医科大学医学部卒業、1994年日本医科大学泌尿器科学教室、日本医科大学付属病院等勤務を経て、2004年日本医科大学千葉北総病院Pain management teamに参加。2006年に緩和ケアチームリーダー緩和ケア委員会委員長に就任。2015年、三井記念病院緩和ケア科部長、2017年セコメディック病院泌尿器科緩和ケア部長を経て、2023年より現職。泌尿器科専門医・指導医、日本緩和医療学会認定医等。日本泌尿器科学会前立腺癌診療ガイドライン協力委員、日本緩和医療学会泌尿器症状ガイドライン改定WPG員長などを務める。
この記事は2023年11月現在の情報となります