認知症がある人のがん治療

認知症がある人のがん治療中に表れやすい症状

がん治療による合併症、痛みなど

高齢者は、抗がん薬治療による障害を受けやすく、それががん治療継続を困難にすることもあります。認知機能の低下により、その症状や程度を家族(介護者)や医療者に伝えることが難しいケースがあります。

がん治療に伴う合併症や痛みなどの症状が出ると、次のような認知症の行動・心理症状(BPSD)となって表れることがあります(表1)。

・痛みの認識ができないために、パニックを起こしたり、不安や焦燥感が強く出たりする

・苦痛があることを家族(介護者)や医療者に対して説明することができず、その訴えとして大声を出したり、パニックを起こしたりする

認知症があるがん患者さんに表1のようなBPSDの症状がみられた場合、その背景に「痛み」が存在することは少なくありません。

表1 認知症の行動・心理症状(BPSD)

・せん妄
・抑うつ
・興奮
・徘徊
・睡眠障害
・妄想 ほか

痛みは人によってその表現や感じる程度、つらさに個人差があります。さらに認知機能の低下が進むと、痛みの程度やつらさが自分でもわからなくなったり、痛みの表現の仕方が変わったり、理解しにくかったりします。言葉にならない言葉で訴えたり、家族(介護者)を叩いたりと、予測のつかない行動を起こすことで、がん治療の継続や自宅での生活が困難になることもあります。

●家族(介護者)と医療者の情報共有に
家族(介護者)が認知症の人への対応で心配や困りごとを抱えてしまうと、患者さんの療養を維持できなくなることがあります。家族(介護者)が不安に思っていることは些細なことでも医療者に伝えましょう。患者さんが近くにいるときに話しにくいことは、ノートなどを活用するとよいでしょう。

書き込む内容が記載された「いっしょがいいね みんなとつながる交換ノート」を希望する方は、かかりつけ薬局の薬剤師におたずねください。

栄養・水分摂取の状況(低栄養・脱水)

認知機能が低下すると、注意障害や実行機能障害、失行といった特徴的な症状が出てくるとともに、飲み込みが悪くなったり、口のなかが乾燥しやすくなったりして低栄養や脱水を起こしやすくなります。認知症によって空腹であることに気づかない人でも、それが「不快」であることは感じており、その「不快」さが徘徊や攻撃的行動として表れることもあります。

また、がん治療の副作用による苦痛が低栄養や脱水の原因になることがあります。
家族(介護者)は、食事量や回数、食事中のむせがないかなど、食事中の患者さんの様子を見て気づいた点を医療者に伝えましょう。必要に応じて食形態の見直しを行ったり、エネルギー補助の食品(ゼリーなど)を食事に加えたりすることで低栄養や脱水を防ぐことができます。

がん治療に対する不安やストレス

ストレスは、それによる影響や対処方法に個人差があります。認知症の症状が進行しても感情機能は比較的最後まで保たれるとされています。そのため、がんを告知されたときの喪失感や悲しみ、治療に対する怖さや心配などの感情は、認知症がない人と同様に持っています。
認知症の初期には、話したことを忘れてしまったことを認識していることもあり、周囲にはそれを気づかれないようにしている人もいます。忘れてしまったことへの不安が大きく、それががんの治療を受ける患者さんにとって大きな心理的負担となることがあります。認知機能の低下が進むと、記憶障害や判断力の低下によって自分が受けている治療のことや状況がわからずに混乱してしまい、BPSDの症状となって表れることがあります。

睡眠

夜間、ベッドに入って横になっても眠れていなかったり睡眠が浅くなったり、何度も起き上がったりすることがあります。ベッドの周囲のものを触ったり、トイレに何度も行ったりと落ち着きがない行動がみられることもあります。昼夜逆転や不眠は、不快さを増強させる要因になり、不安が強くなって感情のコントロールができなくなることもあります。

家族(介護者)は、患者さんが夜間眠れているか、昼夜逆転はないか、食事中など別のことをしているときに居眠りをしていないか、日中にどのくらい昼寝をしているかなど、睡眠時や日中の様子を医療者に伝えましょう。寝ているように見えるのに「疲れが取れない」と訴える場合も、睡眠障害の可能性があります。

寝室の温度や湿度、音、光などを調整し、落ち着いて就寝できる環境を整えることで睡眠の質が向上するといわれています。日中にリハビリテーションや散歩など、無理のない範囲で身体を動かしたり、家族(介護者)や医療者とコミュニケーションを取ったりすることも大切です。

排泄

便秘や下痢は不快なだけでなく認知症があることでその不快さの理由が自分で認識できないことがあります。排泄の失敗が患者さんを不安にさせ、便秘や下痢、下痢が続くとせん妄のリスクにもなります。がん治療に伴う便秘、下痢症状に対しては予防が重要です。

食事量や排泄の状況について記録を取ると普段と違うことがわかりやすくなります。便が硬い、ゆるいなど、便の性状に問題がある場合には、薬を調整することで改善することもあるため、医療者に相談しましょう。また、日中にリハビリテーションなどで身体を動かすことも排泄パターンを整えることにつながります。

特に便秘や下痢の副作用が生じやすい抗がん薬等を使用する場合には、医師や薬剤師からその対応について事前に確認しましょう。

療養環境

療養環境の変化は、認知症を進行させる要因になります。これまでの患者さん自身が生活するうえで大事にしてきたことや習慣にしていることなどを、医療者に伝えましょう。

家族(介護者)や医療者が患者さんの身の回りのことをすべて行うのが、患者さんにとってよい療養環境とは限りません。しかし、患者さんに「これも認知機能低下を防ぐためだから」と、無理強いをすることもよくありません。患者さんが自分でできることは自分で、難しいところは家族(介護者)や医療者がサポートすることが、“その人らしく”生活を支えることです。家族(介護者)がどの程度サポートすればよいのかわからないときには、医師や看護師、薬剤師などに相談してください。

参考文献
・小川朝生・田中登美編:認知症plusがん看護.日本看護協会出版会,2019.
・日本がんサポーティブケア学会:高齢者がん医療Q&A総論.2020.
"http://www.chotsg.com/jogo/souron.pdf
・日本臨床腫瘍学会・日本癌治療学会:高齢者のがん薬物療法ガイドライン.南江堂,2019.
https://minds.jcqhc.or.jp/docs/gl_pdf/G0001132/4/cancer_drug_therapies_for_the_elderly.pdf
・長島文夫・古瀬純司:総説高齢がん患者の治療と支援.日本老年医学会雑誌,59(1)1-8,2022.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/geriatrics/59/1/59_59.1/_pdf/-char/ja
・日本老年医学会編:改訂版健康長寿診療ハンドブック―実地医家のための老年医学のエッセンス.154,2019.
https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/publications/other/pdf/handbook2019.pdf

小川 純人 先生
東京大学大学院医学系研究科老年病学 教授
小川 純人 先生


1993年東京大学医学部医学科卒業、1994年JR東京総合病院内科、1999年同大学院医学系研究科生殖・発達・加齢医学専攻博士課程修了。2001年カリフォルニア大学サンディエゴ校細胞分子医学教室、2005年東京大学医学部附属病院老年病科助教、文部科学省高等教育局医学教育課参与(専門官)等を経て、2013年より東京大学医学部附属病院老年病科准教授を務め、2024年同教室教授に就任。現在に至る。

この記事は2022年12月現在の情報となります。

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