認知症がある人のがん治療
認知症があるがん患者さんとのコミュニケーション
患者さんの意思決定支援
がん治療に限らず、医療においては患者さんの意思決定を尊重することが重要となります。しかし、認知症がある人の場合、理解力や判断力の低下によって意思決定に必要な治療に関する情報を正しく理解できないこともあります。その場合、部分的であっても患者さんの意思を尊重するために、家族(介護者)と医療者がコミュニケーションをとって判断していくことが大切です。
家族(介護者)が患者さんの意思を確認するときには、自分の意見、思いを押しつけないように配慮しましょう。「患者さんにとって何が最善か」を大事にしてください。
認知症があることで、患者さんが複数の選択肢のなかから選ぶことができない場合、選択肢を2つに絞ったうえで患者さんが選んだものにもう1つの選択肢を加えてさらに2つのなかから選んでもらう、説明を分けて行う、文字にして示すなどの工夫をしましょう。
また、患者さんの意向を見極める根拠となる患者さんの生活歴や人生観、大事にしていることなど、家族(介護者)が見聞きしてきたことを医療者に伝えてください。患者さんが繰り返し語ることや楽しそうに話すことなど、些細な日常の会話のなかからも“その人が大切にしていること”“その人らしさ”が反映されています。
●知っておきたい
ACP(Advance Care Planning:アドバンス ケア プランニング)―人生会議―
ACPは、将来の医療・ケアについて、本人を人として尊重した意思決定の実現を支援するプロセスです。医療・ケアを受けるすべての人が対象となり、認知症などによって患者さん自身による意思表示が困難になっている場合であっても同様です。
ACPは、一度話し合ったことでも、意思は病状や療養環境などによって変化することがあります。患者さんや家族(介護者)、医療者などが、本人の価値観、信念、思想、信条、人生観、死生観や、気がかり、願い、また、人生の目標、医療・ケアに関する意向、療養の場や最期の場に関する意向、代弁者などについて継続的に話し合うことが大切です。ACPについて、家族で話し合ってみましょう。
患者さんとのコミュニケーションで気をつけること
療養環境には、療養する「場所」だけでなく、家族(介護者)の「態度」も含まれます。記憶障害があることで患者さんが同じことを何度も聞いてくることがありますが、患者さんにとってその質問は、「不安だと感じていること」「困っていること」である場合があります。「さっき言ったばかりでしょ」「何度も同じことを言わせないで」という態度は、BPSDの症状を増強させることにつながることがあります。患者さんに話すときには早口にならないようにすること、患者さんが不安であることを汲み取ったやさしい態度で接することを心がけましょう。
認知症があると、家族であっても顔が思い出せないことがあります。患者さんの部屋に入るときには、ノック音で患者さんの注意を向け、正面から顔を見せたうえで声をかけ、自分に話しかけていることを認識してもらうことで、患者さんの不安が軽減できることがあります。高齢者は視力が低下していることが多いため、普段よりも一歩近づくことを心がけるとよいでしょう。目線の高さは患者さんよりも少し下にくるように意識し、豊かな表情で接するようにします。
【会話のポイント(一例)】
・1つのことをできるだけ短い文章で伝える
・できるだけわかりやすい言葉を選ぶ
・ゆっくり、はっきりと話す
・表情を豊かにして声にメリハリをつける
・患者さんが意思表示をしやすいように、質問はできるだけクローズドクエスチョン(「はい」か「いいえ」で回答ができる質問)にする
・不安を与えないようにするために、適度にタッチングなどを活用する
・患者さんが話しをしているときには最後まで聞く
・情報を補足したい場合には、患者さんが話したことを反復したうえで確認したいことを聞く
●認知症がある人が失敗したときの対応
認知症に伴って患者さんが失敗したとき、介護者(家族)がそれを指摘することはよくみられることです。しかし、認知症であることを認めたくない気持ちが強かったり、介護者(家族)からの指摘を“怒られた”と感じてしまったりすると、それに対する防御反応として、家族(介護者)に対し暴言を吐いたり、暴力をふるったり、イライラして怒りっぽくなるなど、BPSDの症状がみられることがあります。
一方で、医療者に対しては、「さっきまで覚えていた」「今回はたまたま忘れただけ」などと、取り繕いをすることがあります。患者さんが取り繕いをしていてもそれを叱責したりせず、患者さんのいないところで医療者に状況を伝えたり、ノートの連絡事項に記載したりするようにしましょう。
また、認知症であることを認めたくない患者さんに「認知症」の薬を飲むように伝えても、病気であることを否定したり、聞き入れてもらえなかったりすることがあります。認知機能が低下していることを認めたくない気持ちが強い人には「認知症の薬」という言葉は避け、「物忘れが出てくる前に薬を飲んでおくとよいって先生が言っていた」など、説明に工夫をしましょう。
痛みなどの訴えを表情や行動で表すこともある
認知症によって痛みなどの症状を言葉で伝えることができない場合には、家族(介護者)が表情や行動から推察することも大切です。動くときに顔をしかめたり、身体の一部をさすったりする行動がみられたときには、痛みがある可能性があります。
このほか、痛みが我慢できないときの行動として、落ち着きがなくなったり、介護者(家族)の介に抵抗したりすることもあります。患者さんによっても行動は異なるため、日ごろはしない行動、苦痛を感じさせる表情をしているときには、医療者に相談しましょう。
こうした行動は、処方されている鎮痛薬が足りず、痛みが緩和できていない可能性も考えられます。指示通りに薬を使っても抵抗的な行動が続いたり、落ち着きが戻らなかったりする場合も医療者に伝えましょう。
● 家族(介護者)の不安も医療者に伝えましょう
認知症があるがん患者さんの家族(介護者)にとって、心理的な負担が大きいもののひとつに、がん治療に伴う活動型せん妄があげられます。これまでになかった患者さんの行動や言動に家族(介護者)が傷つき、ショックを受けることも少なくありません。家族の関係が壊れたり、がん治療を受けたことでせん妄による暴力や暴言などがみられるようになると、がん治療を受ける選択自体を後悔したり、治療を中断させる原因になることもあります。
患者さんから暴力や暴言を受けても「病気だから仕方ない」と我慢する必要はありません。また、介護で疲弊し、家族(介護者)側が患者さんを傷つけてしまうかもしれないという不安があるときにも医療者に相談してください。患者さん、家族双方の意思を尊重するために、医師、看護師、薬剤師などの多くの専門家がチームで対応します。
参考文献
・小川朝生・田中登美編:認知症plusがん看護.日本看護協会出版会,2019.
・日本がんサポーティブケア学会:高齢者がん医療Q&A総論.2020.
http://www.chotsg.com/jogo/souron.pdf
・日本サイコオンコロジー学会・日本がんサポーティブケア学会編:がん医療におけるこころのケアガイドラインシリーズ1がん患者におけるせん妄ガイドライン2019年版.金原出版,2019.
https://jpos-society.org/pdf/gl/delirium/all_jpos-guideline-delirium.pdf
・日本臨床腫瘍学会・日本癌治療学会:高齢者のがん薬物療法ガイドライン.南江堂,2019.
https://minds.jcqhc.or.jp/docs/gl_pdf/G0001132/4/cancer_drug_therapies_for_the_elderly.pdf
・長島文夫・古瀬純司:総説高齢がん患者の治療と支援.日本老年医学会雑誌,59(1)1-8,2022.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/geriatrics/59/1/59_59.1/_pdf/-char/ja
・日本老年医学会編:改訂版健康長寿診療ハンドブック―実地医家のための老年医学のエッセンス.154,2019.
https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/publications/other/pdf/handbook2019.pdf
・日本老年医学会倫理委員会「エンドオブライフに関する小委員会」:「ACP推進に関する提言」2019年
https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/press_seminar/pdf/ACP_proposal.pdf
小川 純人 先生
1993年東京大学医学部医学科卒業、1994年JR東京総合病院内科、1999年同大学院医学系研究科生殖・発達・加齢医学専攻博士課程修了。2001年カリフォルニア大学サンディエゴ校細胞分子医学教室、2005年東京大学医学部附属病院老年病科助教、文部科学省高等教育局医学教育課参与(専門官)等を経て、2013年より東京大学医学部附属病院老年病科准教授を務め、2024年同教室教授に就任。現在に至る。
この記事は2022年12月現在の情報となります。