がん治療中の味覚障害

がん患者さんの味覚障害

味を感じにくい、何を食べても苦いといった症状が味覚障害にはみられます。味覚障害の原因はさまざまですが、がん治療に伴う味覚障害は、食欲の減退や生活の質(QOL)低下の大きな要因となり、患者さんの体力維持や治療への意欲にも影響します。

味を感じるメカニズム

味を感じる細胞を味細胞といい、その集まりを味蕾(みらい)といいます。味蕾の総数は約9,000個といわれており※1、舌表面の乳頭や軟口蓋、のどにあります(図1)。


図1 舌乳頭と味蕾

人は、味のもとになっている物質を味細胞でキャッチすると、その情報が脳に届けられ、甘味、苦味、酸味、塩味、うま味、脂肪味の6つの味として感じ取ります。

●咀嚼(そしゃく)と唾液分泌

味の情報を脳に届けるためには水分が必要です。食事を十分に噛むことで唾液の分泌が促進されるなどして、味の情報がキャッチしやすくなります。

●味覚と嗅覚

食事をおいしく感じるためには、においも大切な要素です。においは鼻からにおいの成分が入り込み、その情報が脳に届くことで伝えられます。味とにおいでは脳への伝達経路は異なるものの、密接に関連しているため、においを感じることができない嗅覚障害でも味を感じにくくなることがあります。また、味覚障害と嗅覚障害を併発する人もいます。

がん治療に伴う味覚障害と症状

味覚障害は、味を感じる機能やそれを脳に伝える経路の障害などによって起こります。その原因はさまざまですが、はっきりとはわからないこともあります。主なものとして亜鉛不足によるものや薬剤によるもの、風邪、心因ストレスなどがあげられます。

がん治療は味覚障害の原因のひとつで、がんによる全身状態の悪化、がんによる不安や抑うつ、がん治療で使用する抗がん剤、頭頸部への放射線治療などによって起こることがあります。味覚障害の程度には個人差がありますが、がん患者さんには比較的高い割合で起こることがわかっており、がん治療や日常生活に与える影響も少なくありません。

●手術による味覚障害

口腔、頸部、耳、咽喉頭、唾液腺の手術では、味覚神経が障害されたり、唾液分泌量が減少したりなど、味覚障害が出ることがあります。また、胃や十二指腸がんで切除手術を受けた患者さんでは亜鉛や鉄などの微量元素、ビタミンが吸収されにくくなって不足し、味覚障害が出ることもあります。。

●放射線治療による味覚障害

口腔がんや頭頸部がんなどの放射線治療は、味細胞が傷害を受けたり、口腔粘膜に炎症が起きたり、唾液腺の分泌が低下したりすることがあり、それが味覚障害を引き起こすことがあります。通常、放射線治療による味覚障害は、治療後約半年程度で回復に向かうことが多いといわれています。

抗がん剤の副作用による味覚障害

味細胞はターンオーバーが盛んな細胞で、10日程度で入れ替わるといわれています。細胞障害性抗がん剤という種類の抗がん剤は、細胞を攻撃する作用があり、がん細胞以外の細胞も傷つけてしまいます。味細胞も例外ではなく、攻撃されることで細胞のターンオーバーが乱れてしまうため、味覚障害が起こります。とくに抗がん剤の副作用による味覚障害は、味覚が落ちたり、なくなったり、親しんできた味と違うように感じたり、口のなかに何もないのに苦味や渋みを感じたりすることが多いといわれています。

●抗がん剤による味覚障害が出る時期

抗がん剤による味覚障害は、治療開始の早い時期(投与開始2~3日後)から症状が現れます(図2)。


図2 抗がん剤による味覚障害の出現時期(イメージ)

治療終了後3~4週間の次のクール開始までに味覚は回復することもあります。再び治療が始まると味覚障害の症状が出ます。がん治療中はこのサイクルを繰り返すことになるため、「味覚が元に戻らないまま次の抗がん剤治療が始まると治療が終わっても元に戻らないのではないか」「次のクールはもっと味覚障害がひどくなるのでは……」など、不安を感じてしまうことが少なくありません。

がん治療に伴う味覚障害は、治療の終了とともに改善していきますが、治療中はつらさを我慢してしまう患者さんが少なくありません。がん治療中は体力を維持するためにも食事は重要です。食べる楽しみや生活の質(QOL)を保つためにも気になる症状があれば医療従事者に相談しましょう。

<文献>
※1 池田稔・生井明浩:味覚の基礎と臨床についての概説.耳鼻咽喉科展望,耳鼻咽喉科展望会,38(6):762-768,1995.
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古賀亜希子・菊池由宣:がん患者さん“食”を守るアセスメントとケア どんなときに起こる?シチュエーション別に学ぶ食の悩みアセスメント&ケア がん薬物療法による悪心・嘔吐、味覚障害(予測的悪心・嘔吐を含む).YORi-SOUがんナーシング,メディカ出版,12(6):17-20,2022.
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(2024年8月14 日閲覧)
任 智美 先生
兵庫医科大学医学部耳鼻咽喉科・頭頸部外科
任 智美 先生


2002年兵庫医科大学卒業後、同大学耳鼻咽喉科、神戸百年記念病院耳鼻咽喉科勤務を経て、2009年ドイツ・ドレスデン嗅覚・味覚センターに留学。2011年兵庫医科大学学内講師、2014年同講師に就任。現在に至る。日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会耳鼻咽喉科専門医、日本耳鼻咽喉科学会認定補聴器専門医。日本口腔・咽頭科学会理事、日本味と匂い学会、小児耳鼻咽喉科学会評議員、日本耳科学会会員、日本嚥下医学会会員、日本音声言語学会会員など。専門分野は味覚、幼児難聴、補聴器、漢方治療。

この記事は2024年8月現在の情報となります

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