がん患者さんの睡眠障害(不眠)
こんなときは医療従事者に相談しましょう
がん患者さんの多くが睡眠の悩みを抱えています。「がん治療中だから仕方がない」「がんの治療以外のことは相談できないのではないか」などと考えず、不安なことや疑問があれば、すぐに医療従事者に相談しましょう。
医療従事者に相談するタイミング
睡眠がしっかり取れるようになることで、生活の質(QOL)が向上し、がん治療にもよい影響をもたらすことがわかっています。「最近寝つけない」「夜中に何度も目が覚めてしまう」など、睡眠で気になることがあるときにはできるだけ早く医療従事者に相談しましょう。患者さんの状況に応じて、主治医や睡眠治療の専門医、看護師や薬剤師と連携して治療にあたります。
原因に応じた睡眠の治療
睡眠の治療は、患者さんの症状や生活環境に合わせて進めていきます。
●薬以外による治療
睡眠の治療で重要なのは、生活リズムや寝室の環境を整える、日中に適度な運動をするなど、質のよい睡眠をとるための生活を続けることです。医師の指導のもと、行動を変えることで、睡眠の改善がみられることがあります。
患者さん自身で寝床に入った時間や寝つくまでの時間、朝起きたときの気分、日中に眠気が出たなど、睡眠に関する記録をつけておくとよいでしょう。睡眠時間を記録するスマートウォッチなどの活用も記録の助けになります。
● 薬による治療
睡眠を改善するために薬による治療が必要になることもあります。患者さんによって睡眠に問題をきたしている原因はさまざまで、原因が1つとは限りません。
また、「夜間に起きてトイレに行く」という患者さんでも、それがトイレに行きたくなるから目が覚めるのか、目が覚めるからトイレが気になって行くという場合では、処方される薬が異なることがあります。夜間にトイレに行きたくなって目が覚める場合には、夜間頻尿の治療薬で睡眠が改善することもありますし、目が覚めてトイレに行く場合には睡眠薬が処方されることがあります。適応障害やうつ病などの症状としての不眠に対しては、抗うつ剤などが処方されることがあります。
●睡眠薬の特徴
睡眠薬にはいくつかの種類があります。がん患者さんの場合、せん妄のリスクとなる薬を避けることを優先するケースが多いですが、患者さんの症状や状態によって医師が選択します。薬を服用しても改善しない場合には、別の薬に変更することがあります。薬はそれぞれに作用の仕方が異なり、副作用もあります。薬剤師による説明をしっかりと聞き、用量・用法を必ず守りましょう。
睡眠薬には大きくわけて3つの種類があります。
・オレキシン受容体拮抗薬:せん妄が予防でき、自然な睡眠に導く作用がある
・メラトニン受容体作動薬:睡眠・覚醒サイクルを正常化する作用がある
・ベンゾジアゼピン受容体作動薬:ベンゾジアゼピン系睡眠薬と非ベンゾジアゼピン系睡眠薬があり、超短時間(約2〜5時間)、短時間(約6〜10時間)、中間作用型(約20〜27時間)、長時間作用型(約36時間〜6日)と、作用時間によって使い分ける。睡眠薬のなかで最も種類があるものの、薬剤性せん妄リスクが高いため、高齢者やがん患者さんの場合、注意が必要となる
●がん治療前から睡眠薬を服用している場合
高齢になるとがん以外の病気や加齢による影響で不眠を訴える患者さんが増加します。そのため、がんと診断される前からかかりつけ医に睡眠薬を処方されているケースもあります。せん妄リスクが高い睡眠薬を処方されている患者さんも多く、がん治療に伴ってそのリスクはさらに高くなります。がん治療を受ける前から服用している薬があれば、主治医や薬剤師に伝えましょう。がん治療前に、せん妄が起こりにくい薬に切り替えるなどの対応をします。
睡眠薬による治療Q&A
Q.睡眠薬を服用することでがん化学療法の効果に影響は出ませんか?
A.がん治療を継続するためには、薬を飲まずにつらい不眠を我慢することよりも、しっかりと睡眠をとって体力を維持することが大切です。薬に関する疑問や不安なことがあれば、薬剤師に相談しましょう。
Q.睡眠薬は一度飲み始めるとやめられなくなるのではないかと不安です。
A.「睡眠薬を一度服用し始めるとやめられなくなるのではないか」という不安がある患者さんは少なくありません。睡眠薬は、漫然と飲み続けるものではなく、患者さんの状態に応じて医師が徐々に量を減らしたり、飲むのを休んだりするなどの判断をします。ただし、自己判断で薬を突然やめてしまうと頭痛や動悸、不眠などの症状(離脱症状)が出ることがあります。医師の指示に従いましょう。
Q.睡眠薬を飲んでも眠れません。薬を増やして飲んでもよいでしょうか。
A.睡眠薬の量を増やすと翌日に眠気が出たり、副作用でふらついたりすることがあります。現在飲んでいる薬で効果がないと感じているときは、自己判断で増量せず、必ず医師に相談しましょう。また、薬を増やす前に、生活習慣や寝室の環境を見直すことも大切です。
Q.複数の種類の睡眠薬を一緒に服用しても大丈夫ですか。
A.寝つきにくく、夜中に何度も目が覚めてしまうなど、不眠のタイプや程度によって睡眠薬が複数種類処方されることもあります。医師が診察し、治療に必要と判断して処方しているため、医師の指示に従い、自己判断で種類を減らさないようにしましょう。睡眠薬による副作用の可能性がある症状が出た場合には、すぐに医師や薬剤師に相談してください。
「睡眠薬を飲みたくない」と考える患者さんは決して少なくありません。しかし、眠れない状態が続くと、身体にも心にも大きな影響を及ぼします。薬のことで不安や心配なことがあったら薬剤師にご相談ください。
参考文献
・上村恵一:「緩和・サポーティブケア最前線」Ⅱ 生活することを阻害する心の変化とケア 眠ることを阻害する症状 睡眠障害のメカニズムと治療.がん看護,南江堂.20(2):183-187,2015.
・川名真理子:症状別のアセスメントと治療・ケア 1.神経症状②睡眠障害.月刊ナーシング,Gakken.41(6)53-61,2021.
・小川朝生:眠る・休む 患者さんの休息が障害されるときにはなにが起こっているのか~その原因と症状マネジメント.がん看護,南江堂.25(5)増刊,2020.
・上村恵一:セミナー睡眠管理の視点ではなく、患者満足度の視点で不眠へ対処するためのコツ.日本薬剤師会雑誌,日本薬剤師会.72(1):17-20,2020.
・国立精神・神経医療研究センター:眠りと目覚めのコラム睡眠日誌について
https://www.ncnp.go.jp/hospital/sleep-column9.html
・榊原雅人・早野順一郎:就寝前の心拍変動バイオフィードバック訓練が睡眠中の心肺系休息機能に及ぼす影響.日本バイオフィードバック研究,日本バイオフィードバック学会.43(1):11-16,2016.
・静岡県立静岡がんセンター:学びの広場シリーズこころ編 がんと情報につきあう方法
https://www.scchr.jp/supportconsultation/book_video.html
聖路加国際大学臨床教授/京都府立医大客員教授
保坂 隆 先生
1977年慶應義塾大学医学部を卒業後、同大学精神神経科入局。1990年より2年間、米カリフォルニア大学ロスアンゼルス校(UCLA)精神科に留学。東海大学医学部教授、聖路加国際病院精神腫瘍科部長、聖路加国際病院リエゾンセンター長などを経て、現職。
この記事は2023年5月現在の情報となります